近未来note

【近未来金融創造プログラム総括講義】近未来への着眼点。

平成31年2月5日,「近未来金融システム創造プログラム(以後,『近未来』)」の最終講義が東京大学の伊藤謝恩ホールで催されました。この日は全15回の講義の総括だけでなく,来年度の計画や,近未来の金融に対する濃密な議論がされていて大変印象的でしたので,ここでレポートしたいと思います。

『近未来』はCARF(東京大学金融教育研究センター)と株式会社Finatext共催の,金融を中心としたワークショップです。普段の講義は隔週火曜日,100人の受講者が参加しています。15回目にあたる最終回は東大の大きなホールを使って,一般の方々を含めた最大300人の来場者に公開します。最終回限定の一般枠の聴講者は受講を検討している方々やOBなどで,プログラム責任者・赤井さんを中心とするとても豪華な登壇者のディスカッションと,受講生の掛け合いが披露されます。

第15回総括講義・概要

場所:東京大学本郷キャンパス 伊藤国際学術センター 伊藤謝恩ホール
日時:平成31年2月5日(18:30 ~ 20:00)
パネリスト:日下 光 (blockhive OÜ. co-founder)/村井英樹 (衆議院議員・前内閣府大臣政務官・金融担当)/安田洋祐 (経済学者,大阪大学教授)
※ご都合のため,村井先生は閉会後の第2部の懇親会のみご参加されました
<第1部>
イントロ:「近未来金融システム創造プログラム」の考え方/講義を振り返って/現在の金融システムをどう考えるか?近未来はどうあるべきか?
パネル:キャッシュレス社会の到来/銀行に代わる・資金仲介/金融業務において人が担うべき役割は残るか?/金融リテラシー向上をどのように図るか?/規制vs.利用者ニーズのバランスと金融システムの近未来/「近未来金融システム創造プログラム」への期待と注文!
<第2部>
懇親会(20:00 ~ 22:00)

最初に・本年度の講義の振り返り:

最終講義の口火を切ったのは,プログラムの責任者であり,これまでの講義を全力でプロデュースしてきた赤井厚雄先生。本プログラムの特徴として,「金融システムを業界の観点に分けて教える大学の講義などと違い、全体を重視した捉え方で組まれている」点を説明されました。単なる連続講演会や座学形式には囚われず,インタラクティブさを重視して,もし途中で世間を騒がせる話題が起こればそれも取り込んでいくスタイルが好評です。

この講義の最大の特徴は,経済・政治・テックの3視点から,これらに通じる赤井先生が近未来の金融−Fintechを紐解いていくという点です。例えば本年度の最終回(総括討議)パネリストは,経済学者の安田先生・政治家の村井先生,実務家の日下先生の3人が選ばれました。最終講義は,受講者とパネリストの合作であり,最終レポートとして位置づけられています。

「近未来金融システム創造プログラム」という名前に込めた意味も説明されました。「近未来金融」は遠い将来の絵空事とは違い,具体的な数年内の近未来の金融だということ,「創造」は単なる金融機関の「システム屋」ではなく,新しく生まれつつある金融テクノロジーの担い手を意識したものであることが赤井先生により語られました。

次に話されたパネリスト,安田洋祐・大阪大学准教授は,いま最もイケてる経済学者と呼び声高く,関西テレビ「情報ランナー」・テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」コメンテーターなども務め,前年度に引き続いて今年度も2回の講義を担当された方です。安田先生は,「前年度の最終講義での気付きが本年度の2回の講義につながった」と語りました。今年度は,資本主義の3要素(私的所有・利潤動機・市場経済)をレイヤーとして位置づけ,それらに対して現実的に望ましい制度を追求していくうえでのフィンテック活用の道筋を考えたそうです。

ゲスト・日下氏:

日下先生が共同創業したblockhive OÜはエストニア・タリンに本部をおき,独自で開発した仮想通貨によるボーダレスな資金調達手段”ILP(Initial Loan Procurement)”を実用化(「HIVEトークン」を仮想通貨取引所LATOKENに上場)したことで有名な企業。ILPについてはblockhiveのmediumが日本語で説明しています

日下先生が起業し,現在も住んでいるエストニアは,政府ぐるみのデジタル化が世界で最も進んでいる国。日下先生は,仕事の関係で1部に出られなかった村井先生の時間も利用して,エストニアの電子政府の実態と,それから学べる国家のデジタル化のポイントを解説されました。

キャッシュレスの推進と金融リテラシーの向上:

安田先生は,ご自身が座長を務める金融リテラシー研究会の中間報告(「資産運用などの投資行動は,金融リテラシーを身につけて行動を起こさせるのではなく,リテラシーに先んじて行動を導き,成功体験させることが金融リテラシーの上昇につながる」という提案)を引きながら,最近提唱している「TTM戦略」をご紹介されました。「TTM戦略」とは何か,知的好奇心旺盛な聴講者は聞き入りましたが,「『とりあえず・つかって・みる』の略です」と明かされて,会場は大受け。アメリカで成功した確定拠出型の年金制度についても,『とりあえず・積み立てて・みる』と説明。人間の非合理性を前提とすることが特色の行動経済学的視点が凝縮された命名だと思います。ちなみに,通常講義での安田先生の回では,このソリューションとしてナッジ理論を取り上げられていました。

安田先生は,「TTM戦略」の精神からキャッシュレスの推進の道筋を考えられました。特大な還元キャンペーンを使って新規ユーザー獲得を図るPayPayLINE Payを例に挙げ,スイッチングのコストを解消していく取り組みが,後の「皆も使っている状況」から「大衆化」へと繋がっていく視点をご紹介されました。

赤井先生は,ご自身が取締役会長を務めるfinatextグループ・スマートプラス社のアプリ「STREAM」を紹介。株式委託手数料0円という従来の複雑な手数料を取り払ったビジネスモデルを重視したモバイル株アプリで,ユーザーが楽しく「わかる」ようになるための仕組みを提供しています。金融リテラシー向上を図る事例としては充分すぎる取り組みですね。

日下先生は,最近様々なところで問題が起こる仮想通貨やICOから,多くの人に「お金ってなんだろう?」と考えさせたことを指摘しました。現金の信用が高い日本だからこそキャッシュレス化は遅れ気味ですが,お金の流れそのものに注目することで,ビットコイン送金に代表される「ボーダーレスなお金の流れ」のニーズも高まるとみています。日下先生は若い頃「お金なんてなくなってしまえばいい」というラディカルな思想も持ち合わせていたそうですが,「もう丸くなった」と笑いながら仰る今になってようやく世界がそういう流れになっているというのが,(これだけではありませんが)日下先生の半端ではない先見の明の一端をうかがわせます。

銀行に代わる資金仲介

伝統的な金融機関といえば「銀行」です。しかし,「クラウドファンディング」が好例ですが,銀行融資とは全く異なった資金仲介の手段が生まれているということも,熱いトピックになりました。

安田先生は,「利潤動機」に絡めて2つのフィンテック技術を活用したサービス概念をご紹介されました。1つはソーシャルレンディングP2Pレンディング)で,これは,銀行がお金の貸し借りを仲介してきた従来の形式とは異なった融通の可能性を示すものです。もう1つは資金の持ち手と使い手をつなぐ仕組み(パトロンの民主化などの現象)で,伝統的な利潤動機に基づく投資・融資判断を強化,あるいは伝統的な考え方に囚われない判断の多様化をもたらすものです。

様々な資金仲介の形を観察してきた赤井先生は,ここ何年かでクラウドファンディングの規模が増大し,プラットフォーム側も黒字展開できるようになっていることに言及しました。法整備によって投資型で得られる利益が増えた分野もあり,たとえば不動産に関しては平成29年の不動産特定事業法の改正によって多くの事例が生まれ,上場会社も参入を検討する分野となっています。

赤井先生からエストニアやヨーロッパにおけるクラウドファンディングについて質問された日下先生は,「エストニアでもかなり増えていて,最近は不動産を担保にしたクラウドファンディングも流行っているが,その一方でクラウドファンディングプラットフォームが不明確になっているという問題もある」と指摘しました。クラウドファンディングの乱立やリテラシーの高くない投資家や出資方法により,結局利回りの高いものが選ばれるといった面も強いそうです。

来期の『近未来』について

好評のうちに1期,2期を終えた『近未来』について,最後にもう一度,パネリストが受講を検討している方々に向けたメッセージとして振り返りました。

安田先生は,「行動力の高い人が集まっている講義。近未来の中でトークンのようなプロジェクトを作ってみるのもいいと思う」と提案しました。日下先生も,「フィンテックの『テック』の部分として,手を動かすことは大事。実用化が進むフィンテックやブロックチェーンは,これまでの技術と比べても技術者とリーガルが足並みを揃えて作っていく必要があるので,様々な受講生のいる『近未来』はいい場だと思う」と同調。赤井先生は,「昨年発足したOB会も,5期もいけば500人,日本の金融界に大きな影響を及ぼす」と期待を寄せました。

『近未来』は定員に対して4倍近い応募があり,選考に通るのも若干大変かもしれませんが,無料で享受できるものとは思えない唯一無二のプログラムです。選りすぐりの講師陣と質の高い受講生が東大に集い,熱心に近未来の金融を模索します。レベルはM1~2くらいで,受講生となった方は講義ごとに予め沢山の課題図書(本年度は13冊)と推薦図書(本年度は19冊)が提示されるので,それを熟せば講義がチンプンカンプンということはないかと思います。また,「講義」としての特徴でいうと,(先程も書きましたが)一般的な講義で組まれるような『金融システムを業界ごとに分けた講義計画』とは異なり,「金融」全体を重視した捉え方で組み,かつ途中で話題が挙がればガンガン取り込まれていきますので,近未来を見据えた実践的な知見を吸収することができること,間違いありません。

質疑応答:比留間くん・日下先生

第1部は,アジェンダにもあるようにもっと沢山の話題に触れられていましたが,今回はここまでにしたいと思います。ここからは,質疑応答タイムで挙がった比留間くんからの質問と,日下さんの返答をご紹介したいと思います。

比留間礼音くん(Reon Hiruma:株式会社Potentialist Global 代表取締役)は,『近未来』の事務局兼学習者であり,彼と私は高校3年間を通して同じクラスで,ともに起業仲間です。質問タイムになった瞬間に手を挙げる姿勢は流石でした。以下,質問と応答(要旨)です。

比留間くん:
早稲田大学政治経済学部1年の比留間と申します。本日はご講演ありがとうございました。
私からは,日下さんに質問させていただきたいと思っています。エストニアではデジタル化がかなり進んでいるということもあって,これからはアメリカや日本のような先進国でもこのような波が来て,スマートな政府のあり方が進んでいくと思っていますが,これが「どれぐらい進むべきなのか」という質問をさせていただきたく思います。
以前,私は他の講義でキャッシュレスをテーマとしたときにも「キャッシュレスはどれくらい進むべきか」という質問を通じて議論したことがありました。たとえばキャッシュレスペイメントオンリーの場合,アメリカでは移民の人が銀行口座をなかなか作れないとき,あるいは「有事」−戦争などが起こったとき,などに問題になるかと思っていますが,エストニアのように政府・行政をデジタル化するということはキャッシュレスよりも大きな規模のものであると理解しています。エストニアでは,結婚や離婚の手続きに関しては電子化せず,不動産売却手続きに関してもできないなどの特徴があり,こういった例外についての議論が行われています。
このような観点から,どこまでデジタル化を進めていくべきかということをお尋ねしたいです。
日下先生:
僕が日本でも海外でも,究極的にはデジタル化をどんどん進めていくべきだと考えいている根拠は,公平性平等性だと思っています。日本からエストニアに視察に来る方で,とくに行政の方だと,電子投票に非常に興味を持っていただくのですが,エストニアは投票数を増やしたくて電子投票を取り入れたわけではないんですね。これはequality,平等性なんです。エストニアではほとんどの若者が海外に出ますから,従来の投票ができません。自国の政治に関われない,不平等な状況が起きているのです。これをデジタル化して,電子投票することに託そうということです。
それで,衣食住がしっかりしていないとデジタル化できないじゃないですか。僕も生まれは茨城県なのですが,やっぱりどこにいて,何を食べるかというもの,サプライチェーンといったものが少しずつ進化してきたので−でもやっぱりエストニアでは日本食を食べれず,唯一感じる不便はそこくらいなのですが,そうすると,各国が電子政府化をどんどん進めようとする中では, interoperability,相互互換性がないとあまり意味がないと思っています。究極を言えば,100%の電子化というのは,エストニアも目指しているところですし,技術の部分ではできるのだけれども,モラルであったり倫理であったり,カルチャーであるところで,各国ごとにどこまで進めていくかは変わっていくと思います。
エストニアでは結婚や離婚の届け出の電子化をやらないというところに関しては,事実婚が多いという面もあるんです。エストニアの文化として,そもそも籍をおいていることが少ないというデータが出ていて,その部分をデジタル化してもコストが合わないというところがあります。結婚・離婚・事実婚という視点のように,どこまで電子化が必要なのかというのは各国で議論があったりします。
僕は,各国はデジタル化を進めていくべきだと思っています。その際に必要なのは,結局「個のアイデンティティ」の問題だと思っています。僕がエストニアに住んだときは,どこの馬の骨かも知らない日本人なんです。僕の保険記録,信用の記録,両親の記録,これら全て日本国内のどこかにあります。これを僕がポータブルに持ち出すことはできません。個人に紐付けられたポータビリティをグローバルに推進していくという意味では,各国でそれぞれの文化とモラルに合わせた形で,100%に近い様態でのデジタル化を推進していくべきだと僕は考えています

「どこまで推進するべきなのか」という質問に対して,日下先生は,それぞれなモラル・倫理・文化と不可分な「国家」組織からの視点と,海外で生活するご自身の例を出しながら,個人が電子IDに紐付けられる利便性という視点から返答されました。

他の方の質疑応答も経て,第1部は閉幕。第2部の懇親会が,OBと修了生,そして村井衆議院議員らで開かれました。参加者は錚々たるビジネスパーソンとスゴい学生という感じで,アクティブで素晴らしいコミュニティだと感じられます。改めて,赤井先生プロデュースの『近未来』は流石です。

『近未来』のサイトは下記です。興味を持たれた方はぜひ来期の要項発表を楽しみにしましょう!


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