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エムスリー(MR君)で学んだ成長する事業を創るときに大事なこと

僕は、前職、エムスリーで製薬企業向けのマーケティング支援事業(主にMR君)を担当していました。
当時は毎日の業務に精一杯で、なかなか気が付かなかったのですが、ベンチャーキャピタリストになってから、「MR君」を通じて、事業をスケールさせるために大事なことを学んでいたのだなと感じることが増えました。

そこで、特に大事だと思っている下記の4つを、「MR君」の事例でお話できればと思います。
1.市場選定:変化が生じている大きな市場を選ぶ
2.初期導入:適切なコンセプトを設定し、そのコンセプトに合う提供価値を実現し、プライシングする
3.継続利用:サービスを利用した効果(顧客のROI)を見える化する
4.顧客の拡大:サービスの提供価値を変化させ、ターゲット顧客を広げる

※なお僕のエムスリー在籍期間は2012年10月~2017年3月であり、現在のMR君の状況を記載するものではありません。

まず初めに、エムスリーとMR君の紹介を簡単にすると、
エムスリーは「m3.com」という医療関係者限定のポータルサイトを運営しています。医療関係者向けYahoo!という感じで、医療ニュースや医師コミュニティなど様々なコンテンツを提供してます。※
医師の登録率が驚異的で、日本の医師約30万名の約9割が「m3.com」会員です。
「m3.com」アプリを見ると、内容をイメージしやすいかもしれません。

2000年に創業し、2004年にマザーズ上場、2007年に東証一部へ市場変更後、現在、時価総額は1兆円超で、これは楽天さん、LINEさんと同じ水準です(2019年3月現在)

「MR君」は、この「m3.com」で、製薬会社が医師に医薬品のプロモーションを行うサービスです。MRとは製薬会社の営業担当者として、医師に自社の医薬品情報を提供する方々のことで、「MR君」を利用すると、製薬会社さんは、バーチャルなMRを通じて、医薬品に関わる動画・静止画コンテンツを医師に届けることができます。※
※こちらも「MR君」アプリが、内容をイメージしやすそうです。

こちらの2017年3月期の決算資料のP14からもわかるように、MR君を利用する製薬会社さんから、1社あたり年間約1.5億円~10億円程度をいただいており、売上100億円以上の事業になっています。

エムスリーとMR君の紹介はここまでとし、本題の「MR君で学んだ成長する事業を創るときに大事なこと」です。

1.市場選定:変化が生じている大きな市場を選ぶ
MR君はMRの営業活動という巨大市場をターゲットにしたサービスです。
MRの営業コスト(人件費など)は1名あたり年間約2,000万円です。現在、MRの数は国内で6万名であり、製薬企業以外も含めると、人に関連する営業コストの総額は約1兆5,000億円になります。

なぜ、営業コストにこんな大きなお金を投資するかというと、それに見合う巨大な医療市場があるからです。
国内医薬品市場は10兆5,000億円で、この市場を医師30万名が形成しているので、単純計算でも医師1名あたりの購買力は年間3,500万円。MRがターゲットとするような規模の大きい病院や患者さんが多いクリニックの医師になると、その購買力は何倍にもなるでしょうから、営業コストを掛けてもペイするわけです。

また、この「MRの営業活動」という巨大市場に変化が生じていました。
例えば、MRの医師への訪問規制や接待・謝礼の自主規制が業界的に進んだことで、MRと医師の接触頻度が減り、製薬企業やMRはこれまでとは別の方法で医師にアプローチしていく必要が生じていたのです。

新たなサービスの市場を選定する際に、
・市場において、誰が、どんな目的で、どの程度のお金を投資しているのか
・その「誰か」は市場にどの程度存在し、市場規模はどの程度見込めるのか
・またその市場における機会(非効率な部分/変化の兆しなど)は何か
・さらにその市場に、ユニークで競争力があるサービスで参入できるか
という点は、とても大事です。

MR君がMRの営業活動という巨大市場をターゲットにしたことはスケールするうえで大事なことだったし、その市場に変化が生じていたことは、その追い風になったと思います。

2.初期導入:適切なコンセプトを設定し、そのコンセプトに合う提供価値を実現し、プライシングする
大きなポテンシャルがある市場を選定したのは良いですが、その市場に投資されていたお金が新たなサービスに投資されるか、というとまた別です。

MR君に、なぜ製薬会社の予算が投資されたかという点ですが、MR君が「MRの営業活動をそのままインターネットで実現する」というコンセプトでサービス開発されたためと考えます。
もし、単に「医薬品情報をインターネットで医師に届ける」というコンセプトでサービスが開発されていたら、このサービスはインターネット広告と位置づけられ、製薬会社から億単位のお金を投資してもらうのは難しかったでしょう。

広告ではなく、オンラインでのマーケティング活動というコンセプトを実現するため、サービス名を「医薬品インターネットプロモーション」ではなく「MR君」とし、サービス内容を、医薬品情報を簡単なテキストで提供するものではなく、医師を担当する製薬会社のバーチャルなMRが、リッチな動画コンテンツを定期的に届け、必要であれば双方向のコミュニケーションもできるようにしたのです。まさにサービス名の通り「MR」君なわけです。

しかし、これでも不十分です。MRは、売上インパクトの大きな医師を重点的に訪問したり、医師の専門性(診療科)や医師の医薬品の利用状況を考慮しながら情報提供の内容を調整しているからです。
このMRのバリューを実現するために、MR君では、医師・医療施設データベースを活用しています。それによって、コンテンツを提供する医師を絞りこんだり、XXX診療科の医師にはAコンテンツ/XXX診療科の医師にはBコンテンツを提供するなど細かなセグメンテーションもできます。

新たなサービスを設計、開発、プライシングする際に、
・サービスのコンセプト(達成水準/ゴール)を何にするか
・(上記と重複しますが)顧客は、どんな文脈でそのサービスにお金を出してくれるのか。意思決定に際し、このサービスと何を比較するのか
・そのコンセプト/お金を出す文脈を訴求するうえで、本質的・必要不可欠な提供価値は何か。また、その価値をサービスでどのように実現するか
という点は、とても大事です。

MR君は、「MRの営業活動をそのままインターネットで実現する」というコンセプトのもと、サービスの比較対象を現場のMRとしました。それに合わせたサービス設計を行ったり、適切な医師だけに特定のコンテンツを届ける仕組みを取り入れたからこそ、一般的なインターネット広告では実現できない、高単価なサービス料金が設定できたのだと思います。

3.継続利用:サービスを利用した効果(顧客のROI)を見える化する
繰り返しにはなりますが、MR君を利用し始めると、製薬会社さんから1薬剤あたり億単位のプラットフォーム利用料をいただくことになります。
「MRの営業活動をインターネットで実現する」という訴求は、言葉やサービス内容として理解できますが、その効果をしっかり提示していかなければ、億単位での継続的な利用は期待できません。

その効果を見える化した1つは、製薬業界で利用されている統計データ(ディーテイリング統計)です。これは医師へアンケートすることで、製薬会社からの情報提供回数を調査するものです。
ある医薬品でMR君を利用し始めると、その統計データ(医薬品の情報提供回数)が伸びることが確認できます。医師はMR君を視聴することで、医薬品の情報が提供されたと認識しているのです。
もし、それだけの情報提供回数をMRで実現しようとすると、多くの営業コストが必要だったわけで、それをMR君で実現できたのであれば、製薬会社としてROIが成り立ちます。

効果の見える化のもう1つは、MR君による医薬品の売上効果検証です。検証手法の詳細を記載することは避けますが、MR君を視聴している医師において、その医薬品の売上増加額がMR君のプラットフォーム利用料より大きければ、製薬会社としてROIが成り立ちます。

サービスを継続的に利用してもらうには、顧客がそのサービスを利用する経済合理性(ROI)が成り立たなければ継続的に利用してもらうことは難しいです。
MR君は、社外の統計データや社内の売上効果検証などで定量的に効果を提示し続けられたことで、高単価なプラットフォーム利用料にも関わらず、高い利用継続率を維持できるのだと思います。

4.顧客の拡大:サービスの提供価値を変化させ、ターゲット顧客を広げる
事業を継続的に伸ばしていくためには、常にクライアントの課題を解決し、新たな価値を提供していく必要があります。
MR君は当初オンラインのみでのマーケティングがメインのサービスでしたが、変容し続ける業界・クライアントの課題に対し、サービスの価値を変化させています。

例えば、高血圧や糖尿病などの生活習慣病の医薬品については、比較的専門性が高くないこともあり、インターネットの情報提供でも、その医薬品の特徴や処方方法を十分伝えることができますが、例えばがんや希少性疾患などの比較的専門性が高い医薬品になると、MR君を通じた情報提供だけでは、なかなか医師の行動変容を期待できません。

そこでどうするかというと、こちらも詳細を記載することは避けますが、MR君に様々なオプション機能を追加し、提供価値を変化させ、MR君をその医薬品に合ったMR君に変化させることで、MR君の対象となる医薬品を新たに開拓していくのです。
これにより、ある製品のMR君では「医薬品の認知を向上する」ためのサービスになりますが、ある製品のMR君は「現場で活動するMRのクロージングをサポートする」ためのサービスに変化するのです。

サービスの成長が順調に続けていても、初期のターゲット顧客で一定の導入が進むと成長の鈍化が見え始めます。その時に機能追加などで、サービスの提供価値をアップデートし、新たな顧客を開拓しなければなりません。
MR君は提供価値をアップデートし続け、対象となる医薬品を拡大し、製薬企業の課題を解決し続けることで、成長率を維持してきたのだと思います。

以上が「エムスリー(MR君)で学んだ成長する事業を創るときに大事なこと」です。

MR君

最後にこれを書いた理由を2つ述べて、終えたいと思います。

1つは、エムスリーの凄さを知ってほしい、スタートアップ・ベンチャー企業に参考になることを可能な範囲で伝えたいと思ったことです。
MR君で参考にできることは既に記載した通りですが、エムスリーはMR君事業で実績を作った後も、次の新たな事業をいくつも成長させたり、海外展開も着実に進めることで、上場時に数百億円だった時価総額を1兆円超まで伸ばしています。
海外のユニコーン企業に注目が集まりがちですが、エムスリーが日本の先行事例として参考なることが伝わればよいなと思いました。

もう1つは、エムスリーを卒業し、他事業に関わるようになってからの方が、当時の経験や学びに感謝したり、エムスリーで働いていたことを誇りに思うことが多く、その気持ちを表す機会があったらいいなと思ったことです。
高い目標を掲げ、周りも優秀な方々が多い環境で働くことは、プレッシャーもありましたが、とても学びの多い4年半でした。今でも一緒に働いてきた上司や同僚には感謝しかありません。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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