「私は今とても幸せなんです、凄く満ち足りています、何も不満なんてありません」

「そうですね」
「仕事内容に不満はないし、待遇も良い」
「はい、貴方はとても恵まれています」
「綺麗な街に去年結婚した妻と不自由なく暮らせている」
「治安も良いし自然と交通の便もいいですよね、羨ましいです」
「貯金も溜まって、旅行にだってすぐに行けるし」
「最高ですね」
「20代はブラック企業にいたけど、今は凄く時間に余裕があって、新しい趣味も始めたんです」
「素晴らしいですね」
「毎日が幸せなんです、とても」
「そうですね、1つだけいいですか?」
「どうぞ」
「そんな幸せな貴方に、私からのアドバイスは必要ですか?」
「…分からないです」
「今感じていることを全て伝えてもらってよいですか」
「幸せ、良い天気、お腹いっぱい、明日も仕事が休みで嬉しい……不安」
「ありがとうございます」
「…なんで不安を感じているんでしょうか」
「確かに不思議ですね、貴方は今とても幸せだと言っているし、とても満ち足りていると思います」
「それは理解しているんです、けど」
「不安もあると」
「あります、ずっとあります、不安に感じることなんてないはずなのに」
「気になる事が少しあるんですが」
「なんでしょうか」
「貴方はいつも笑顔で、エネルギーがありますよね」
「ありがとうございます」
「悲しいこと、怒ることはないんですか」
「ありますけど、消します」
「消す?どうやって」
「すぐに忘れます、負の感情を持つ事が嫌いなんです」
「…」
「ネガティブ思考って百害あって一利なしだし、マイナス感情からは何も生まれないじゃないですか」
「…」
「自分が負の感情に惑わされるのも嫌だし、だから消すように、意識的に忘れます」
「心のコントロールが上手なんですね」
「けど、不安というマイナス感情があるんです、これが消えないんです」
「…」
「あれ、なんでだろう、だって今幸せなのに、おかしいですよね」
「その不安は外部からの影響ですか?」
「それはないです、仕事も交友関係も上手くいっています」
「では貴方自身から生み出しているモノでしょうか」
「かもしれないです」
「私がその不安を今から完全に消し去る魔法があるとしたら、使いますか」
「…それは嫌かもしれないです」
「なぜ?この不安があるから今こうやって話しているんでしょう?」
「消してしまうと、この先何も起こらないかもしれないからです」
「起こるというのは」
「イベントというか、人生の選択肢」
「今幸せな人生を送っていますし、もう選択しなくて良くないですか」
「それは嫌…かもです、いや、嫌ですね」
「新たな選択をすると、幸せなから不幸せになるかもしれませんよ」
「分かっているんです、けどそれ以上に選択しなくなる自分になるのが怖い」
「選択しない、今のままの貴方は私からみて怖くないですよ」
「嘘です」
「何がですか」
「自分に嘘をつくのが嫌だし、嘘をついている状態で通常の自分になって、ずっと嘘をつき続けるのは怖いです」
「嘘は良くないですね」
「このまま嘘を続けると、自分が何者だったのか分からなくなりそうです、遊ぶ時、食べる時、話す時、仕事する時」
「…」
「自分が駒になって、誰かが操作しているみたいに」
「分かりました」
「どうすれば良いでしょうか」
「選択すれば良いんですよ」
「けどそうなると今の幸せがなくなるかもしれないです」
「はい」
「えっ、それなら」
「今の幸せってなんですか」
「あー……」
「それは今の仕事ではないとダメですか、今の待遇と同じ、それ以上、今住んでいる街以外ではダメですか」
「それは…そんなことない…です。えっ、いや…あれ…そうですね…」
「もう一度聞きますね、選択してみませんか、思っていたこと全て」
「全てですか」
「はい」
「お金とか、時間が…は、いけるか」
「良いですね、足りないものはありますか」
「ないです、あとはやるだけです」
「そうですね、今日は仕事は休みですか」
「休みです」
「なんでもできますね」
「できますね」
「最後に1つだけいいですか」
「はい」
「貴方はこの先も幸せになれます」


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