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金木犀は東京の花

夏の終わりかけに金木犀のワセリンを買った。銀色の平たい可愛い缶に入っていて、蓋をツルツル撫でるだけでなんだか嬉しい。ただ、今それを使おうとしてよく見たらワセリンじゃなくて「きんもくせいバウム(化粧用油)」と書かれていて、何それ?どこに使うの?と混乱している。金木犀を嗅いだ気分になりたいだけだったから、とりあえず手の甲に塗る。

以前、付き合っていた人と車に乗ってるときに不意に「金木犀の香りってどんなの?」と聞かれてびっくりした。「金木犀の実物を見たことがない。」「周りが秋になるとその花の話をするけど、本当はよくわかってない。」「でも今更言い出しにくい」 と続けていた。ちょうど秋を通り過ぎようとしている頃だったか。私にとって金木犀は、薔薇や桜ほどは行かないにしてもカーネーションくらいの認知を獲得してる花だった。でも確かに長野に来てから見ていないと思い至る。東京に住んでいた頃は近所の庭付きの家に大抵何かしら咲いていて、春には蝋梅、夏は朝顔、秋は金木犀と、季節の移ろいを他人の庭に見ることができた。(そういえば、蝋梅も長野に来てから見ていないと思った。)「自分には金木犀の手がかりが何もないから、もし歩いていて見つけたらこれだよって教えてほしい」と言われ、私はその人と長野の金木犀を見つける約束をした。

でも、結局その秋に金木犀を見つけることはできなかった。金木犀っぽいと思った花に近づいてみたけど、どれも名前がわからない黄色い花だった。あと、庭の手入れを熱心にする人が近所に見当たらなかったというのもある。軽井沢みたいな別荘地に行けば見つかるのかもしれないけど、生憎私はほとんど森の中みたいな村に住んでいるので。長野には金木犀って咲かないんだなと結論づけて、私はその約束を忘れた。

この前、何の気なしに市役所の前を歩いていたら、金木犀の香りがして、まあ金木犀っぽい何かだろうと思いながら振り向いたら本当に金木犀だった。それでこのことを思い出した。もう教えられないけど、金木犀が長野にもあって良かった。金木犀は星のような形をしていて可愛いし、とてもいい香りがする。


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