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楽しく飲むプロ集団!地域の生活を豊かにする〜新潟・わたご酒店〜

エスイノベーションの大杉です。エスイノベーションでは、地方企業のDXや事業承継を応援しています!事業承継をきっかけにイノベーションを起こした企業にインタビューする「地域からはじめる事業承継」。 今回は、新潟市の「わたご酒店」です。こだわりの地酒のセレクトはもちろん、家族で楽しめるイベントまで!お酒のある生活の豊かさを、地域の皆さんに提案し続ける寺田代表のインタビューです。

わたご酒店 寺田和広 代表       1989年9月8日生まれ 33歳
2008年3月 新潟県立新潟南高等学校 卒業
2013年3月 明治大学農学部食料環境政策学科 卒業
2013年 4月 日本酒類販売株式会社 入社
2015年10月 株式会社今田商店 入社
2017年12月 わたご酒店 入社                     2021年4月  わたご酒店 代表 へ

事業を承継するまで

ー 創業当時のわたご酒店について教えて下さい。

1977年に、農業を営んでいた母方の祖父母が創業しました。当時、祖父母は30代半ばでしたね。創業当時のわたご酒店は、いわゆる街の酒屋さん!お酒、食品、日用品、雑誌まで扱う、今で言うコンビニのような存在でした。当時は、祖父母の仕事を、僕の母が手伝い、パートさんも雇用していました。小さな頃の記憶ですが、保育園送迎バスに乗る僕を、店で働く5人が全員並んで、手を振って送り出してくれて(笑)お店も賑やかでお客様にも可愛がって貰いました!

ー なぜ、農業と同時に酒屋さんを始めたのでしょうか?

15代続く農家でしたが、トラブルに巻き込まれ到底農家では返すことができない大きな借金を背負ってしまって。何かを始めざるを得なかったようです。そこで、祖父が狙いを定めたのが小売りの酒屋。亀田駅周辺の商店街から離れたこの地区にも、いづれ住宅が増えるだろうと、また地元・石本酒造の「越の寒梅」が話題になり始めていた頃でした。

名称未設定のデザイン
わたご酒店・寺田代表

ー 時代の先を読んだのですね。

新しい活路を見出したのは凄いですよね。でも、すでに亀田には酒屋が数軒ありましたから。まずは朝採りの野菜を軽バンに乗せて売りに行き、ついでにお酒の注文を貰ったり。配達途中で、空き瓶が溜まっているお宅に声をかけて、回収サービスをしたり。新規顧客を開拓していったようです。

ー 学生の頃の「わたご酒店」との関わりは?

東京の大学に進学した事もあり、成長するにつれて、祖父母の営む「わたご酒店」に行く機会は減っていきましたね。

大学時代は、農学部で共生社会論(地域コミニュティ、サスティナビリティ)について学びました。自分自身「よく生きる」ってどんな事なのかを常に考えていましたね。バックパッカーで海外を回ったのですが。どの国でもお酒を交えると良いコミニュケーションが取れたんです。ハードもソフトの部分も、お酒の場は一つのファクターであり、お酒が作る時間の豊かさを感じるようになりました。

ー 学生時代の経験は就職先選びにも?

卒業後は日本酒類販売株式会社に就職しました。大手のビールメーカから買って小売店に販売するのが主な業務でしたが、Amazonが酒類の取扱いを始めたタイミングでEC部門も担当しました。企業の組織づくりや、コストを抑え迅速、正確に届ける物流業の本質を経験しました。でも、組織が大きいからこそ、出来ないことも見えてきて…。例えば、大手のECサイトでは、良い商品でも、賞味期限や、冷蔵温度の問題で取り扱えない商品が出てくる。さらに、日本酒業界で注目され始めていた地酒は、供給量が少ないという問題で取引が出来にくい状態でした。

ー 大企業ならではの悩みですね。

勿体無いですよね。そんな中、後にお世話になる今田商店の若旦那が新潟の「千代の光」の池田社長を紹介して下さって。池田社長の話は、とにかく新鮮で、世界観、空気感、地酒業界には、魅力的な人が沢山いて美味い酒がある、小さな酒蔵とコミニュケーションをとり、それを広めて行くことは楽しい仕事なのではないかと、直感的に思いました。

ーこれが次のステップに繋がるのでしょうか?

はい。日本酒類販売(2年半勤務)を退職し、東京新川の「今田商店」に就職しました。今田商店は家族経営の小売酒屋です。ですが店頭に試飲カウンターがあったりビジネス街の立地を生かしイベントを仕掛けたりと。酒好きを楽しませてくれる活気ある店です。

ー 小売店ならではの仕事はありましたか?

酒蔵の開拓、飲食店の営業、SNS、配達、店番!お酒に関わる全般に関わりました。イベント企画では、僕が雑誌「pen」の日本酒特集に携わっていた事もあり、紙面と連動して実際にテイスティングができるオフ会イベントを展開しました。

ー イベント運営で心掛けていた事はありますか?

東京では、全国の酒蔵が集まる試飲会が多く行われています。その中での差別化ですよね。今ではzoomが当たり前になりましたが、当時からテレビ電話とプロジェクターを使用しリモート蔵見学も行いました。店頭で試飲しながら、蔵人の話を聞く。蔵人をどう見せるのか?お客様が再び店頭に戻ってくる仕掛け作りも大切です。でも、一番気を使っていたのは、お客様をコントロールする力かもしれませんね。お酒は、人を良くも悪くもしてしまうものです。

ー 転職した今田商店は、実家の酒屋さんのスタイルに近いのでは?

そうですね。今田商店で働き始めると、より実家を意識するようになりました。帰省のタイミングで祖父母と両親に「わたご酒店」を継ぎたいと相談しました。祖父母の酒屋を自分の代で終わらせたくない、無くしてしまった物を復活させるのは難しい!だから今、継がせて欲しいと頼みました。何度泣いたかわからないですね。父は迷惑を掛けないなら…。と言ってくれましたが、母と祖父母は「何を言ってるんだ!」って状態です。祖父母は、酒屋という商売に将来性がないと思い込み、頑なに反対し続けました。

でも諦めず、帰省のたびに、祖父母と両親を説得し続け、2017年の正月。「迷惑をかけない、資金が尽きたら終わり、借金をしてまで事業を続けない」という約束で、わたご酒店に入ることが決まりました。(2017年8月・今田商店を退職。2017年12月わたご酒店入社)

家業に入り始めたこと

ー 当時、「わたご酒店」の経営状態はいかがでしたか?

そうですね。飲食店さんの得意先はなく、家庭への配達が3〜4軒残っているだけでした。冷蔵庫も1台あったのですが、賞味期限が迫った発泡酒が並んでいて。それだけお客さんがいなかったって事ですよね…。祖父母も高齢でしたし、ここから売上をあげていくという発想はなかったと思います。さらに、祖父と孫ではジェネレーションギャップもありました! PCで東京のお客さんと連絡をとっていた時、「遊んでないで仕事をしろ!」と。祖父の「酒屋仕事=配達」でしたから。祖父からしたら初めてPCで仕事をしている人を見たんだと思います(笑)

リノベーション前のわたご酒店

ー 最初に始めたことは?

最初の投資は「タープ」でした!(笑)お客様も来ない、配達先もない。一番初めにやってみたのは、農家さんに駐車場で野菜を売って貰ったマルシェです。その後、2018年の2月に初めて角打ちを行いました。東京時代で繋がりができた県外の酒蔵を紹介し好評でした。他には、居酒屋に出張してのイベントや日本酒セミナー、屋外マルシェにも出店しました。(角打ち:酒屋の店内で購入した酒を飲む)

ー 店舗のリノベーションはどのように?

妻の友人の起業サポートをしていて、起業チャレンジのエントリーも進めていました。実際に店舗を構える為に色々な物件を探していたのですが、しっくりくるところがなく、「わたご酒店の倉庫を改装したらいいんじゃないか?」と提案しました。ちょうど経常利益が出せる見通しが立ってきた2020年の3月にリノベーションしました。

ー日本酒の仕入れに関してはいかがですか?

扱っている銘柄は、ほぼ新しいラインナップになっています。うちは、酒蔵との直接取引で仕入れているのですが、祖父の時代から扱っていた「越乃寒梅」と「笹祝」に加えて、新たに30軒の蔵元と取引を始めました。

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リノベーション後の店内

事業承継へのステップ

ー 2017年にわたご商店に入り、代表になったのはいつですか?

2021年4月です。現在は、従業員は僕も含めて6人です。親族承継でしたし、社員が家族(妻、弟)だけの状態でやり続けるのは限界があるだろうと、2021年に社員を採用しました。会社らしさを出すには、社員を入れようと(笑)実際、家族経営だと、公私混同や、当たりが強くなったりもするので、誰かに見られている感覚って大切なんですよね。さらに、酒屋としてマージン構造を変える為、販売本数を増やすだけでなく、社員の個性を生かし主体性を持って動いて貰っています。

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亀田公園「ファーマーズキッチン」

ー DX化された部分はありますか?

カレンダー(スケジュール)の共有化。あとは経理面ですね。伝票、得意先の管理、数字、売り上げがタイムリーに上がってくると、世の中の潮流が見えて来るので。マーケットとしては売れてる時に売るのが大事!数字を見て、流れを読み、社会情勢も加味し、人員配置もしています。デジタル化の効果は、かなりあるんじゃないでしょうか

ー 「Fun to Drink;」のスローガンはいつ誕生したのですか?

2021年です。新型コロナウィルスが流行する前は、それぞれの飲食店に合わせたコンサルタント的な営業をしていたのですが。コロナ禍で、飲食店が窮地に陥る中、ふと、なぜそのような営業をしていたのか振返った時に、そもそも飲食店の役に立ちたかったからだ。じゃあ今できることは?飲食店のお料理とお酒を一緒に配達するのはどうだろうって!お酒と一緒に注文してくれたら無料でデリバリーしますよって!これは、飲食店にもお客様にも喜んで貰えました。誰かの役に立つと商売って回って行くんです。僕たちは皆が楽しく飲むことのお手伝いしてたんだ!と改めて気付かされました。「Fun to Drink;」から全てが派生して、全てが帰結できるようになりました。

親族承継のメリット・アドバイス

ー 親族承継のメリットについても教えてください

強くやれるところ、甘えられるところが混在してるところでしょうか。僕は、酒屋を承継するため、地酒の技術と知識を提げて東京から帰ってきたつもりだったけど、「わたご酒店の孫が帰ってきたらしい」の方に注目が集まっていました。僕にとっては肩透かしの状態だったんですけど(笑)でも、それって地域にとってすごくポジティブな状態なんですよ。結果的には、ファミリービジネスが成立している街は豊かさの象徴ですし。アントレプレナー(起業家)がどうやって育つかは、未来より過去から始まる事が多いようです、僕が祖父母のやっていた事を継承する事に強さがあり、それが地域のチカラにもなっているはずです。

ー 親族承継の話し合いで心掛けた点はありますか?

話し合いで熱くなる瞬間って必ずあるんです!でも、それを引きずらない事。臨機応変さを強みに。視点を変える事も大事だと思います。アイデンティティの面から言うと、事業を承継したいと言っている子供に、「うちの商売は儲からないから他の仕事を探しなさい」と言われたら、自分自身が否定されたような気持ちになってしまう。でも、「大変だけど、お前だったらやれると信じてるよ」と言われた方が子供としても商売をする意味があると思うんですよね。事業を受け渡す親世代にも、心掛けのポイントがあるはずです。

ー 親族承継を考えている方へアドバイスをお願いします!

数字はいくらでも動かせる、その店を承継したいのか。「論理」よりも「情」を優先すべきです。

ー数字を動かすのって大変じゃないですか?

それがですね。イケてない会社って、商品、マーケット、価格改定、カスタマーマッチ…。必ずダメな原因があるんですよ。むしろ数字を動かすのは誰でもできる。でも、承継するぞ!と言うポジティブな感情はその人にしか作り出す事ができないんですよね。小規模な商店や事業だと、これから売上がどうゆう曲線を描いていくのか、経営を細かく把握できていない部分もあると思います。僕も、事業承継の成功モデルをもっと沢山作って行きたいと思っているので、ぜひ一緒に問題を解決して行きましょう!「わたご酒店」にご相談ください!

ー 事業を承継してから、これまでを振返っていかがですか

今年度、「わたご酒店」の年間休日は(労働時間ベース)で平均130日になります。働くことと、楽しむことのバランス作りって大事で、スタッフの積極性にも変化がありました。僕たちの本当の意味の本業は「人を楽しませる事」お酒に関わらない場面でもコミュニケーションの場を提供できていると思います。コンセプトは家族で来れる、日本で一番入りやすい酒屋さんです。

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ー今後のビジョン

「わたご酒店」を通して、地域に良い影響を与え、問題を解決をし、地域に還元して行きたい。僕たちのフィロソフィーをジャッジするのは子供たちですが、子供たちが成長した時に、大人が楽しく過ごしていた、その空間の記憶は残るだろうし、良い状態で「わたご酒店」を子供たちに継承できたら良いです。

寺田代表のインタビューの中で「誰かを幸せにする方法はひとつじゃない」と言う言葉がありました。いつも地域の皆さんに、幸せの選択肢を与えてくれる寺田代表。今年も亀田公園では、地元の食と楽しむファーマーズキッチンが開催されました。いつもの公園が特別な場所に…。日常に溢れる幸せに気づかせてくれる素敵な地元の酒屋さん「わたご酒店」これからも応援しています。

エスイノベーションでは、地域経営者(これから経営者になる方を含め)と起業家をつなぐ。各地の経営者の課題・ノウハウ・ケーススタディを学びあう実践型経営者コミュニティ【oO COMMUNITY】の運営をスタートしました。現在、コミュニティのメンバーを募集しています!みなさんとコミュニティでお会いできるのを楽しみにしております!


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