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大東紀行 2023/1/28

元来朝ごはんを食べる習慣がないのだが、頑張って食べきる。

10時のチェックアウトから13時過ぎの空港への送迎まではまだ間がある。
母を誘って、リン鉱跡の集落や港を眺めに行く。
それら島の外周へは緩い坂を超えて30分ほど歩かねばならない。
母の姉とその娘(わたしからしたら伯母と従姉)との旅なら運転の上手い従姉がレンタカーで回ってくれるところ、わたしとの旅だと自分で歩かねばならないのがご不満らしい。
わたしとて、信号が1ヵ所しかなく車庫入れがなさそうな島なら運転できなくもないかもしれないが「そんなの怖くて乗れない」というだろう。
歩くのは面倒だが、ロビーで3時間潰すのも退屈すぎると思ったのかしぶしぶ応じてくる母。

西港
「だいとう」で上陸したかった…
碑は割合最近に建てられたらしい。コロナでなにか余った?
リン鉱関係の遺跡のいくつかは道沿いにもある
岬を目指して北へ
北大東最北端、黒部岬。岬といってもそれほど尖ってないので「この辺かな…」と
疲れたのでここで待ってる、と母。

北大東はもともとリン鉱で賑わった島で、海外から働きにくる人々も大勢いたのだとか。
当時の選鉱場や共同浴場、所長宅跡などの遺跡がある。

旧東洋製糖株式会社の北大東島出張所。現在「りんこう交流館」として復元使用されている
上にあがってみるとこんな感じ
社員浴場跡
所長宅跡
開口部の正面に塀をたてているのはおそらくヒンブンだろう。沖縄風

ちょっとした集落となっているここにはちいさな商店もある。
「浅沼商店」というからには八丈ルーツの家なのだろう。
岬まで歩いて不機嫌になった母を表の道に待たせており、商店のなかまでは足を踏み入れることなく帰ってくる。

電柱を制圧するサボテン
丘のうえには北大東島灯台。海っぷちの岬ではなく内陸にあるのがめずらしい
沿道の民家にいたヤギ
ヒトに関心があるのか、奥のもう一頭もでてくる

母を宿のロビーに届けて、隣にあるハコモノのなかにある「うふあがり 人と自然のミュージアム」へ。
ハコは古いが展示はよく検証され、作りこまれている。
驚いたのは市町村民所得の表。

県全体からすると倍くらいになるらしい。
わが愛するスズキエブリィを見かけないわけである。
無人である沖大東島は北大東村に帰属すること、そしてそこは米軍の射爆場(有吉佐和子『海暗』のアレである)になっていること。
公のカネが潤沢である理由が飲み込めた。

ここで絵葉書を入手できたので、できたら北大東の風景印が欲しい…就活中なら常に持ち歩いている切手を東京に置いてきてしまっていた。宿のフロントに掛け合うも譲ってもらえず。
投函は南大東まで持ち越しとなった。

空港への送迎バスに業者さんたちの姿はなかった。1日では終わらない作業なのだろう。
(といって、到着後すぐ動いていたことを考えるとそれなりに持ち時間はタイトなはず)
お疲れさまです。

那覇から到着した便。北大東を経由して南大東へ

北大東から南大東へはくだんのボンバルディアQ400。午前那覇南大東を一往復し、午後は日によって❶那覇ー北大東ー南大東ー那覇、か❷那覇ー南大東ー北大東ー那覇のパターン。つまり❶パターンの日でないと北大東から南大東へはいけない。
もともとは「だいとう」航路前提で企画したこの旅だが、欠航時、フライトでどうカバーできるかなど行程にはかなり苦心したところである。

北大東空港から南大東空港までは直線で13km、御蔵三宅よりも近い。
かわいらしいボンバルディアQ400とはいえ、そこをヘリではなく航空機で飛ぶのである。
当然ながら高度は体感的にヘリと同じくらい。ずずずずと横移動する感じで実質10分も滞空せず南大東空港へ到着。

いざ南大東へ

空ビル内のちょっとした土産物屋に華やぎを感じる。

これから3連泊する宿、「よしざと」の送迎車へ乗り込む。
北大東でのハマユウ荘のお出迎え、送り、南大東でのよしざとのお出迎え。この間2組のカップルと結果的に同道している。
旅慣れた感のあるカップルの男性が「まるでツアーみたいですね」と。車内爆笑。

よしざとは建物内の案内をみると、「ホテルよしざと」「民宿吉里」「吉里会館」とあるらしい。
滞在期間の長さなどから選ぶのだろう。なるほど、予約の際「もっと安いお部屋もありますが…」といわれたのはこのことかと合点。
夕食が17時からというので、その前に散歩にでる。

島全図
生活圏はほぼこのエリアに収まる

宿の前には商店が2軒。ほか、徒歩圏内にまだ数軒、商店がある。
例によって小中学校や役場などを見物しにいく。

南大東小中学校。七五調の校歌が歴史を感じさせる
黑のマスク姿が妙にお似合い。5月を過ぎたら外されるのだろう。見納めかもしれない
商工会のこのマークを離島の村で…感慨深い
なんと歯医者まである
エントランスに風格のある役場

役場の建物は外側がガラス貼りとなっていた。土曜の今日は日直と思しきパーカー姿の男性が一名、庁舎内にいる。
不審者と思われない程度に建物に近づいて観察。

これは現役でしょう
紙を挟んだまま置かれているのが生々しい

地籍簿と思われる綴りや、最近まで使われていたであろう戸籍用の和文タイプを視認することができ、ひとりで盛り上がる。

夕食は「連泊の際は初日に『特別食』をお出しします。あとは普通のお食事ですね」とのこと。
アブラダイといったか、あきらかにタイとはかなり違った白身の、骨がごつくてせせりにくいが滋味深い尾頭付きの煮つけが供される。
せせりにくいこの頭がほんとうにうまい。最後までちゅうちゅう食べつくす。わが親子の食べっぷりにお膳をかたしにいって驚かれたとは母の弁。
船がついていない日なのに、夕食がこれとはなんと贅沢なのだろう。

ヘチマは自家製、茶わん蒸しは向かいのケンチャンストアーで売られている島産のタマゴとのこと。『ケンチャンストアー、自家製豆腐と卵で島の主婦の心をわしづかみにしている』とはよしざとのおかみ、新垣さんの弁

ツインの客室はユニットバスではなく、洗面台、トイレ、浴槽なしのシャワーがある。
シャワーの位置が入り口側であるため、カーテンがあってもトイレまわりが濡れてしまう。
滞在中は母が夜の用足しを済ませてから自分のシャワーにすることにした。

シャワーとトイレが一緒の宿にはなんどか泊まったことがあるが、この配置は独特

ふだんシェアハウスに住んでいてトイレ、シャワーも共同の生活だから
むしろ共同シャワーで別の場所にあるほうが苦にならないのだが…
しかしベッドはふっかふかのダブルマットレスで「いいほうの部屋」であるのがよくわかる。

《続》


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