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ほんとうにこわいのは、自分をしんじていない自分?

「グレイ・ラビットのおはなし」(アリソン・アトリー/作 マーガレット・テンペスト/絵 石井桃子 中川李枝子/訳 岩波書店

このところ時間があると可愛いウサギの動画を見ています。
自分の干支が卯年ということもあってか、子どもの頃からウサギ大好き(小学校の頃は飼育係もしていましたっけ)。

「グレイ・ラビットのおはなし」は、ぜひご紹介したいと思うウサギが主人公の物語。

ウサギが主人公と言って、まず思い浮かぶのは「ピーター・ラビットのおはなし」かと思いますが、作者は、ビアトリクス・ポターと同じイギリス出身の児童文学者アリソン・アトリーです。

ピーター・ラビットの作者であるポターもどちらかと言えばリケジョ(理系女子)でしたが、アリソン・アトリーもケンブリッジ大学で物理学を専攻した正真正銘のリケジョ。

ふたつのウサギの物語。出版は「ピーター・ラビット」の方が先です(1902年初版)。
が…アリソンは、自作の「グレイ・ラビット」を「ピーター・ラビット」と比べられることを心底嫌がっていたそう。 なんでだろう…。
そのあたりの理由を探りながら、比べ読みするのも面白いかもしれません。

グレイラビット表紙

さて。
本題に入りましょう。
主人公のグレイ・ラビットは、ピーターと違って女の子のウサギです。 

ピーターはいたずら小僧でお母さんを心配させたりしますが、グレイ・ラビットは自身が母親のような包容力と優しさ、機転と行動力を併せ持つ、非の打ちどころのない女の子。
もう、こんな子が家にひとりいてくれたら…お母さんはやることがなくなっちゃう…ってくらい。

どういう成り行きだか、グレイ・ラビットは、男の子ウサギのヘアと、リスの女の子スキレルとの三人暮らし。
うぬぼれやのくせにちょっと頼りないヘア、いばりやで自己愛の強いスキレルの面倒を毎日見ているんです。
二人のわがままにも、嫌な顔ひとつみせず甲斐甲斐しく立ち働くグレイ・ラビット。
ニンジンが食べたいというヘアのわがままに、お百姓の畑に入り込み危険を冒しながらもニンジンを手に入れてくる(マクレガーさんの畑のピーターとはモチベーションが違う)。

休みなく働くグレイ・ラビットとは違い…
「ヘアとスキレルは、だん炉の火のそばにすわって、あたらしいまきをくべるほかは、なにもしませんでした。」 という具合。

グレイラビット動物

でも、夜になるとグレイ・ラビットはひとりで月光を浴びながら
「あたりのようすが、あまりに美しいのがうれしくて、おもわず宙がえりをうち、さかだちで立っていなくてはなりませんでした。だって、じぶんが、とても若々しくて、自由だという気もちになれたんですもの!」

いやいや、これって…、完全に中年女性か、子育てに疲れ気味の母親ですよねー。

グレイ・ラビットって、女の子じゃなかったの?と、この一文を読んで感じるかも(ええ…、男の子ピーター・ラビットに対してのグレイ・ラビットという構図を頭に描いていたわたしは、すっかり女の子と思い込んでいたんですが、改めて読んでみると、子どもという表記はどこにもない!)。

ニンジンを盗んで危うく殺されそうになったので、グレイ・ラビットはニンジンを自分で育てようと思い立ちます。
ものしりフクロウに「どうしたらニンジンを作ることができるか?」を訊ねに行ったら、教えてやる代わりに「しっぽをもらう」と言われ、白くて可愛いしっぽを切り取られてしまう。

なんと、ご無体な!

助け合う小動物コミュニティはあるのですが、肉食のキツネやイタチとは敵対関係で、厳しい大自然の食物連鎖の中で彼らは生きている。
物語は予定調和的な進み方はせず、読んだ子どもたちがちょっとびっくりしてしまうようなことも起こります。世界観がリアルなの。
この辺は、リケジョであるアリソンの持ち味かもしれませんねー。

グレイラビット1

この本には4つのおはなしが収められています。
1929年から1932年に出版された「グレイ・ラビット」シリーズの最初の4作です。当時、人気挿絵画家であったマーガレット・テンペストの絵とともに、出版されるなりイギリスの子どもたちを夢中にしました。


第二話で、めでたくグレイ・ラビットはモグラに力を借りて、フクロウからしっぽを取り戻すんですが、その辺もハラハラドキドキ。すんなりと事は運ばない。
アニマルドキュメンタリー的な要素も多く含んでいるので、テンペストの描く愛らしい挿絵に惹かれて読み始めると意外な展開に驚くかもしれません。

そう…主人公たちが味わう現実の厳しさも、この「グレイ・ラビット」の魅力です。
その中にあって、どんな問題が起ころうとグレイ・ラビットだけは自分を信じて前向きに突き進む。

みんながすわって、お茶になたっとき、ヘアはいいました。
「ああ、まったく、くたびれた」
「ああ、まったく、くたびれた」と、スキレルも言いました。
「ああ、よかった、プリムローズ酒がつくれて」とグレイ・ラビットは言って、お茶をつぎ、パンとニンジンを切りました。

同じ苦労をしても、こんなふうに、グレイ・ラビットは楽天的でエネルギッシュなんです。

実はリトル・グレイ・ラビットシリーズとして偕成社から一話完結で8冊の絵本が出ていましたが、こちらは現在品切れ状態。
装丁が非常に可愛くて、特に女の子が好みそうな絵本なんですが…残念です。復刊してほしいな…。

グレイラビット全体

アリソン・アトリーはイギリスでは100作の児童書を出版しています。
邦訳されているものも多く、どれも名著です。

頭脳明晰、人気作家となったアトリーにも辛い家庭生活がありました。婚家や実家とのいさかい、孤独な子育て、夫の自殺、一人息子へのどうしようもない溺愛ぶり、成人した息子の自死。
アトリーの日記をもとに書かれた評伝「物語の紡ぎ手 アリソン・アトリーの生涯」では、アトリーの意外すぎる一面に触れることが出来ます。

「誰ひとり死ぬことなく、何ひとつ失われるものもない、永遠の世界」を願って作品を書き続けたアリソン・アトリー。
それは彼女が抱えていた苦しみの裏返しだったのかもしれません。

18歳までイギリスの牧歌的な農園で過ごしたアリソン・アトリーの自伝的作品「農場にくらして」も併せてどうぞ。


息子たちにリクエストされ繰り返し読んできた「グレイ・ラビット」。

子どもの心は、真実と向き合うときには強くしなやかになることを、親として知った大切な一冊です。


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