見出し画像

好きなものはもらいたくないのです

私が就職したかしないか、とにかくそんな時代にリラックマは誕生した。
どこでどうリラックマのことを知ったかはもう覚えていないけれど、リラックマの3周年の記念グッズが手元にあるくらいなので、リラックマのデビュー直後くらいからファンだったのは間違いない。

そして、私が愛していたのはリラックマの愛くるしいフォルムではない。
いや、もちろん見た目は重要だ。
でもそれよりは、リラックマのキャラクター(性格?)に惹かれたのだ。

当時、仕事の帰りに本屋をうろうろしていることが好きだった。
そこでみつけたリラックマの絵本。
私はそれの虜になった。
いつもゴロゴロダラダラしているくせに、人生の核心をつくようなことを呟いている。
確信とはいえ、その言葉はゆるい。
ひたすらゆるい。
その言葉や言葉を体現する振る舞いに癒やされていた。

そこから少しずつリラックマグッズを持つようになり、リラックマ好きを公言することになる。
そうなると、周りの人たちは良かれと思って、私にリラックマグッズを与えるようになる。

実は、私はその好意からくる行為にとても困っていた。
いや、未だに困っているのだ。

何を隠そう私は、片付けが下手くそだし、物を捨てることに抵抗がある人間なのだ。
そして、自分の好きなものだとしたらリサイクルショップに持っていくことさえ躊躇する。

だから自分で買うリラックマグッズは厳選していた。
決して何も集めないわけではない。
使うもの、飾るに値するもの、この線引きを私なりにしているつもりなのに、いつの間にか増えていくリラックマ。

ぬいぐるみも小さいのから大きいのまで、文房具や食器、インテリアに至るまで、自分基準だったら買わないものがたくさんある。
そう、未だに私の家にはリラックマがたくさんいる。

リラックマは確かにかわいい。
その見た目にも癒やし効果は抜群だ。
でもそれより私が好きなのはリラックマの世界観であり、キャラクターなのだ。
グッズ集めは正直二の次でいいのに、家の中にはあちこちにリラックマ。
場所も取るし落ち着かない。

そろそろ子ども部屋を作り、パソコンの作業部屋を作るために家を整理しなければならない。
大量のリラックマももしかしたら厳選しないといけないかもしれない。
考えるだけで気が重たい。
私の苦手な片付けにさらに暗雲が立ち籠めているのは、リラックマもその一因であることが悲しくて苦しい。

だからリラックマは好きなんだけど、複雑な思いが募りに募って、熱を入れることができなくなってしまったここ数年。
ごめんよ、リラックマたち。
(でも、周年イベントに行ってしまうくらいはまだ好きかも)


この記事が参加している募集

私のイチオシ

私のコレクション

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?