架空の速い虎
焦げついた足跡だけを残しゆく光に近い輪郭の虎
チューブから出しっぱなしのイエローは今も速度を落とさずにいる
足音が2、3、遅れて4歩目は更に遅れて月光が差す
憧れをあしらえた肉球と牙と光線銃の撃鉄
まつげからはみ出さないで涙まで追い越さないで離さないで
凍りつく一歩手前で光る爪触ったことを思い出す夢
願い事聴く耳持たぬ流れ星あなたのひげのカーブにならう
まばたきを耐えたいのだってちょっとでも残していたい陽性残像
忘れた 走る理由も速い理由も思い出すのをやめた理由も
神経が草を食むほどに凍えたこの世界にはよく混じる息
・
青い気がするのは俺が速いからそう言って吐く息また吸う
肺胞の一つ一つを尖らせて爪の先から導いた歌
黒と黄が混ざった暗い灰色をまた黒と黄に戻す試み
雨音が斜めに耳を過ぎていく更に傾けるために進む
あたためた唾を飲み込む喉仏 陶器が割れた音に似ている
冬の風 毛と毛の間を抜けていく三角刀で彫った輪郭
歯と歯茎と結膜と角膜と爪少ない色を数えて眠る
白くなるかつて生きていた腐肉 合わない目線を逸らして なぜか
それからの事は覚えていないのに音を追い越したくて夕暮れ
サイエンス・フィクションだけが許してる縞模様さえ許せないから
・
飛んでいる勘違いから始まったツバメの隣で走った子虎
孤独かつ気高い命 野に駆ける 使い果たした水筒のお茶
大粒の氷砂糖の先端の白さになれと牙を舐めてる
汗が背を伝わるように風さえも切り裂いていく赤い爪先
骨と骨 間に挟んで砕き 蹴る くるみのように鳴った日没
尿道を塞いだ透ける結晶に似てると言うとすこしだけ泣く
銀杏並木にあなたを探す 足りてないのは速度と速さ
流星の軌道に沿った曲線を描くあなたの軌道を真似る
喉越しの冷たさで今 冬を知る永遠に似た道草だった
みみず腫れを色鉛筆でなぞるなら虹色になる4本の爪痕
・
金属を叩いたときの反作用 地面を蹴ってばかりのお前
祈りのように光のように 誰もお前を救ってくれない
肉の裂け目が朝日のように刺した目もくれないで走り出す牙
みぞおちは晒したままで眠るのにどうして隠す指のささくれ
永久のシャトルランなら振り返る顔が見れたのにって思って
結晶を貫いてゆく絶唱にハーモニーとかいらないよね虎
小旅行新幹線学生服晩夏光線裂いた前腕
夕焼けの色に溶けるの得意なの覚えているよ今喉に牙
落下点鈍色の足焦げついて 風に乗せれば忘れてやろう
消し炭になれたら隕石になれたら星に 星屑に
・
月明かり間に合わないで落ちている ブチ切る双子座の片割れ
オレンジになった気がした真夜中の空気の摩擦で熱を持つ肌
痣色の銀河を走った夏だった 砂利がこびりついていくだけの指
追いついて胸をむせかえらせるもの逃げ回ってたいつかの羽虫
三日月が滲んで二つに見えた後なんか走りたくなった日のこと
畳の目に一つ生まれたささくれ飛び出してみただけの光線
大丈夫でいられるように走る虎 大丈夫から遠いフォームで
虫食いの穴に飛び込んだ光と 秋を駆け抜け冬へ急いだ
指先の痺れたまんまの赤い色 飛行機雲を追いかけて黒
黒縞と黄色の縞を混ぜるだけ 速度に名前も意味も要らない
・
打ち上がりまた打ち上がるその下に転がる花火に照らされた縞
ライン際 片足だけで立っていた重力だけに縛られている
白線の内側に下がってください 軋むブレーキ震える奥歯
囚人の2人を飼っている体 星を見つめた泥を見つめた
日が暮れる五時のチャイムが追いついた影だけ置いて帰った9月
帰り道見上げた一等星のことなぜか怖くて駆け出したこと
夢の中だから描けた線を追う尻尾が見えた気がした枕
爆音と振動に抱き締められた あいつが言ってたから本当
頭痛から追われるように眠る夜に見た寝る前の月の金色
チューブの逆から漏れたオーレオリンを指で伸ばして大地
・
人形の腕を外して入れ替えてまた元に戻して笑った八重歯
ささくれを大事に剥いたボーダーに透ける血管の青黒いこと
秋時雨 隕石が降り止んだあとみたいな足音は遠くに
ふさふさの手首をふたつ並べるとこの夜を越すための枕に
血と脂ぬぐいとる舌先の針 味を感じているとするなら
背中がわ陽が照らすから金色の汗が流れて落ちて透明
疲れたよ そう言ったように聞こえた遥か彼方の雨雲の下
あと1度 沸騰石を入れている 赤い目盛りを見ていた獣
舌打ちと一緒に空けた壁の穴 月に似ていたある夜のこと
悪臭と歯垢に混ざる歯の形 春に向かって注ぐ冷水
・
悪いことするために出す声があり 傷つけるため研ぐ爪があり
背中側抜けていく虎追っていけ そのスピードで逆上がる膝
一人だと爪が伸びていく気がする誰にも見られないだけ速く
カーテンの端まで塗り潰した黄色 爪の間に挟んだままに
息漏れの喉の音だけこだまして電車が止まる音が聞こえる
毛が抜けて皮膚がまだらに見えたので炎と思うことにした虎
向こうから飛んで目に入る冬の草 瞼の裏で光になって
背中だと勘違いした山の影 母親虎の大きな記憶
逆立てて舌で直して逆立てて 終わらない絶望をつくろう
砂の山 崩れて風になっている そう言う虎は風より速く
・
光まで届く速さの手前にはなにがあったか思い出せない
裏返し2がSになったまま着てた 今も着ているような気がする
写真屋が残さなかったランニングフォームがあったと泣いた日のこと
春風くしゃみビブラートそんな感じで付けられた縞
爪切りを嗅ぐように知る 子供には鉄でできてる場所があること
膝枕 うつ伏せで寝た時にだけ出会える闇が嬉しかったの
リレーって言うためだけのメロディーが取れなくてやめた歌
教室で飼ってた蟹の殻を割り殺して食って帰った昨日
襟ぐりのシミの黄色と爪垢の黒を交互に見た昼休み
浴槽に溜まった水が叩かれる 自然の摂理みたいなエコー
・
電子熱 焦げを皿から落とす指 アルミホイルに映った姿
髪の毛の脂を撫ぜる指先が昔の父に似なくてよかった
85メートル地点の徒競走 遷音速がいちばんたのしい
ピーナッツバターのチューブを踏みつける 安心したいだけの足跡
吐く息に色がつくのだとしたら食らった肉と同じ色なら
草原のあいまの土が限りなく赤色に近づいた日没
体から空気が漏れるから走る 酸素も窒素も許さないって
ガラガラの喉によく通る夜 街灯だって飲み込んだ虎
光線になれればじゃなくて明るくて暖かい場所探してただけ
チョコレート溶かすみたいな西日から逃げ出して青黒い影
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