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私の発言 黒田 和男氏 あとから見ると無駄な計算でも その答えから「ああそうか」と思うことがある

宇都宮大学 オプティクス教育研究センター 特任教授
一般社団法人 日本光学会 会長 黒田 和男


黒田 和男(くろだ・かずお) 1947年 東京都生まれ 1971年 東京大学 工学部 物理工学科卒 1976年 東京大学大学院 工学系研究科博士課程修了 1976年 東京大学生産技術研究所 助手 1983年 東京大学生産技術研究所 助教授 1992年 コロラド大学客員研究員 1993年 東京大学生産技術研究所 教授 2012年 定年退職し,東京大学名誉教授 2012年 宇都宮大学オプティクス教育研究センター特任教授 ● 研究分野 気体レーザー,フォトリフラクティブ材料とその応用,フェムト秒レーザーの波長変換とその応用,ホログラフィック光メモリー,レーザーディスプレイにおけるスペックル対策など ●主な活動・受賞歴等 SPIE, OSA, JSAPフェロー, 日本光学会会長

銅蒸気レーザーはすごく大変なレーザー

聞き手:光学分野に進まれたきっかけと,また,光学に魅了された理由などをお聞かせください。

黒田:研究室を選ぶことになったころは,レーザーがすごく盛んで花形でした。それで面白そうだと思ったというか,流行に乗ったという感じでした。
 1968年,これは私が大学3年生の時でしたが,いわゆる東大紛争というのが起きて,毎日がお祭りみたいな状況で2年間ぐらい過ごしたのです。それでもちろん本郷にもレーザーの研究室はあったのですが,生研にも小倉先生という光の先生がいらっしゃって,そこでレーザーをやろうということで本郷を離れて六本木の生研にいったわけです。
 1971年大学を卒業し,大学院に進みました。私はどちらかというと理論が好きでしたので,大学院時代はヘリウムネオンレーザーを用いてガスレーザーの理論を研究していました。
 その後助手になった時に実験を始めたのが銅蒸気レーザーでしたが,これがすごく大変なレーザーでした。そうして20年ほどガスレーザーを主に研究をしていたのですが,だんだんとガスレーザーの研究が縮小してきていました。そこで違うテーマをさがそうということでフォトリフラクティブ材料を取り上げました。これが一番私としては時間をかけた研究になりました。
 この研究はホログラフィックメモリーの研究に繋がりました。これは今,東大生研の志村先生が中心となって研究を続けています。同じく,元々はフォトリフラクティブ材料のつながりから始めたのですが,分極反転素子を用いたフェムト秒レーザーの波長変換について,当時の学生で,今は生研准教授の芦原さんを中心に研究をしました。
 それからスピンの光制御,これは今,九州大学准教授の佐藤琢哉さんが始めたものです。研究所でしたのであまり学生の数は多くないのですが,マスターやドクターの学生さんが中心になっていろいろなテーマで研究を続けることができました。

カラースペックルという名前にこだわる

聞き手:レーザーディスプレイの研究に至った経緯をお教えください。

黒田:銅蒸気レーザーを何に使えるかといろいろ研究していた時に,画像の輝度増幅をテーマの一つにとりあげました。これはロシアに先行する研究がありました。
 画像輝度増幅の光学系をプロジェクターとしてみるとレンズの口径,つまりNAがすごく小さく,あまり収差を気にしなくていいのです。それでいてものすごく明るい像を投影することができます。対物レンズを使って,顕微鏡像を大きな画面に投影したりしていました。これはプロジェクターといえばプロジェクターですが,現行のレーザーディスプレイとは別のものです。しかし,何となく,レーザーを用いた画像に興味を持っていました。
 レーザーディスプレイの研究グループを阪大の山本和久先生と一緒に始めました。山本さんと知り合った経緯は,分極反転素子の研究を始めたころ,松下電器で分極反転素子の研究をしていた山本さんのグループに,技術を習いに行ったのがはじめでした。また,微小光学研究グループの実行委員同士ということで,ときどき顔も合わせていました。
 そうして2007年に,懇親会の席で山本さんに,レーザーディスプレイの研究を発表する場がないと相談を受けたのです。ディスプレイの学会はもちろんあるのですが,すごく巨大でした。その当時のディスプレイは液晶が主流で,レーザーはほとんどありませんでした。もう少しレーザーディスプレイに特化したものをやりたい,是非やりましょうという話になって,2人で日本光学会の中に研究グループを立ち上げたのです。それが10年前。ですから私自身がレーザーディスプレイの研究をしていたのではなく,山本さんにうまく乗せられたのが実情ですね。
 ただレーザーディスプレイで大きな研究課題としてスペックルの問題がありました。私はレーザーの研究をずっとやってきていましたから,スペックルになじみがありましたが,ディスプレイの人たちはあまりスペックルのことを知りませんでした。それでスペックル関係では少し貢献できるかなと思ったのです。
 カラースペックルという概念を提唱したのが私のこの業界への唯一の貢献と思っています。スペックルの元の意味は小さな斑点です。レーザー光でスクリーンを照明します。本来一様に照明しているはずなのに,スクリーンを観測すると,小さな明るいスポットがいっぱい見えるわけです。レーザー光はコヒーレンスがいいので,スクリーンで散乱された光が干渉して,不規則な干渉縞を作ります。これがスペックルの起源です。
 カラーのプロジェクターではRGBの3原色を重ねる必要があります。その時,3色がそれぞれ別々のスペックルをつくるのです。3色の合成で色をつくりますから,強度比はすごく重要になります。例えば白色を出すにはある強度比でRGBのレーザーを重ねる必要があります。ところが,スペックルができるとRGBのレーザー強度がそれぞれ独立に揺らぐので,色が変わってしまいます。
 ですから,レーザーディスプレイでは,スペックルがあると強度のスペックルよりも,色のスペックルが見えることになります。それをカラースペックルといいます。実際,現象としては皆が気が付いていたと思うのですが,定量的に解析した人はいませんでした。私がそれを解析して,色度空間で色がどのように分布するかというのをシミュレーションしました。
 これには1つこだわったことがあります。それはカラースペックルという名前です。最初に論文を書く時に何か名前を付けないといけないのですが,もちろんまだ名前は確定していません。英語でいうと普通のスペックルのことをモノクロマティックスペックル,つまり単色のスペックルといいます。普通はモノクロマティックなので形容詞を付けないのですが,区別しようとすると必要になります。そうするとモノクロマティックに対しては,クロマティックスペックルになります。最初はそう命名しようと考えていました。
 でもちょっと待てよと思い止まりました。光学に前例があるのを思い出したのです。それは色収差です。写真を撮った時にレンズのできが悪いとエッジの色が付く現象ですが,英語ではクロマティックアベレーションといいます。単なる収差はモノクロマティックアベレーションです。そのアナロジーでいくと,日本語に直した時に色スペックルになります。つまり単色スペックルと色スペックルになりますが,これは何か語呂が悪いなと思ったのです。それだったら色よりカラーのほうがいいかなと考えました。クロマティックスペックルというふうに英語で呼んでしまうと,必ず日本語の翻訳は色スペックルになる。これはまずいというので,初めから英語でカラースペックルにすれば,日本語もそのままカタカナになるだろう思い,そこは少し迷ったのですが,カラースペックルという名前にしました。今はそれで定着しています。
 実はスペックルそのものが,それまでのディスプレイにはない現象だったので,標準化が必要だろうということになり,その標準化の委員会を立ち上げました。
 標準化を得意とする人たちと組んで,最初は単色のスペックルで用語や計測法の標準化をしました。これは既に国際標準になっています。その次の段階としてまだ途中ですが,カラースペックルの標準化を進めています。

参加者は集まるが,投稿論文があまり来ない

聞き手:今後のレーザーディスプレイの展望についてお聞かせください。

黒田:レーザーディスプレイ研究グループの世話を10年ほどやってきました。もう少し大きなビジネスになるかと思っていましたが,立ち上がりは割と鈍かったです。いろんなレーザーディスプレイが開発されては,そこそこ売れるのだけれども継続していかないという状況で,なかなかヒット商品が出ませんでした。しかし最近になって,会議に使うプロジェクターに,レーザーが積まれるようになっています。また,映画館用の大型のプロジェクターでもレーザーが増えています。
 あとはパイオニアがヘッドアップディスプレイ(HUD)でレーザーを使った製品を出していますが,LEDの製品と競合していて,なかなか大変なようです。私はいずれレーザーが主流になると思っています。
 1つ追い風になるかもしれないのが,新しい8Kスーパーハイビジョンテレビの規格です。昨年のリオデジャネイロオリンピックでも試験放送が行われましたが,その色の定義がレーザーディスプレイなのです。レーザーを使うと一番色が鮮やかになります。レーザー以上に鮮やかなのはないのです。だからこれも追い風になるかなと思っています。
 レーザーディスプレイがすぐに家庭に入るかどうかは別の話ですが,少なくとも放送局では使うことになっていくでしょう。そういう感じでじわりじわりと成長しています。
 国際会議も開催しています。レーザーディスプレイという絞られたテーマなのですが,参加者は割と集まります。ただ,投稿論文があまり来ません。みんな聞きには来るのだけれども,自分でしゃべらない。開発の最前線にいると人の話は聞きたいけれども自分の話はしないというのが心理ですから,しょうがないのかもしれませんが。

計算力があるからすごく無駄な計算をしてしまう

聞き手:研究・開発プロセスにおいて,自信を喪失されたり試行錯誤して苦悩された苦いご経験がありましたら,ぜひそのエピソードをお聞かせください。

黒田:やはり一番苦労したのは銅蒸気レーザーでしょうか。助手になった時に自分で始めたのですが,動作条件がすごく過酷なのです。もともと固体の銅を温めてガスにして,それを数キロボルトの放電で励起するので,高温でさらに高電圧が必要でした。
 しかも,放電もパルス状の非常に立ち上がりの早い放電をしなければならないので,電気回路にも苦労しました。
 ただ苦労はしたのですが,銅蒸気レーザーはゲインがすごく高いので,ある程度いくとレーザー発振してくれるのです。これがゲインの低い連続発振レーザーだと,まだ閾値を超えてないのか,それとも超えているのだけれども光学系のアライメントが悪くて出ないのかというのが分からず苦労するのです。
 私自身もともと理論からはいっていますので,研究の苦労というのは,理論計算のほうが多かったですね。いろいろな計算をしました。割と計算には強いから,延々と計算していって結果を出します。全然だめな時もありましたが,大抵は最終結果にたどり着きました。
 そうしてその結果を見ると,これは別のルートならこんな苦労なくても正解にたどり着たな,と思うことが何度もありました。
 例え話をします。確か大学の時の数学クイズか何かなのですが,お母さんが家にいてお父さんが駅に着いた。お互いそれぞれ相手に向かって歩いていきます。ところで,このうちには犬がいて始めはお母さんと一緒に家を出ますが,二人よりも速く走るのでお母さんより先にお父さんに会います。すると向きを変えてお母さんに向かって走って行き,お母さんに会うとまた向きを変え…と行ったり来たりを繰り返します。最終的にこの犬が走った距離はいくらか?という問題なのです。私がどう解いたかというと,最初に家を出てからお父さんに出会うまでの距離を計算し,次に向きを変えてお母さんに出会うまでの距離を,さらに向きを変えお父さんに出会うまでの距離というようにお父さん,お母さんと順番に距離を計算していきました。すると等比級数になるので全部足して答えを出しました。それで正解したのです。
 でも模範解答を見たら,そんなばかなことをしなくてもいいのです。お父さんとお母さんが会うまでの時間を計算すれば,その間犬は一生懸命自分の速度で走っています。だから二人が出会うまでの時間に犬の速度をかけてやれば犬の走った距離が出てくるわけです。
 そういう感じで,計算力があるからできてしまう,すごく無駄な計算をしています。ただ,あとから見ると無駄な計算なのですが,その答えから「ああそうか」と思うことは,何度もありました。
 もう6,7年前なのですが,偏光ホログラフィーの解析をしていて,ホログラムに偏光が当たった時のレスポンスを計算したことがあります。偏光ホログラフィーの理論は既にあったのですが,既存の理論が分かりにくかったので,もう一度計算し直そうと思って計算したのです。先ほどの例え話と同じように,ある材料の特性を仮定してモデルを立てて延々と計算しました。ところが,出てきた答えを見たら実は複雑な計算をしなくても,いきなり答えが出せる方法に気が付きました。ものすごく面倒くさい計算をいっぱいして最後に答えにたどり着くと,ああ,これは簡単に出るなと気付くことがあります。勘のいい人は多分すぐに気が付くのかもしれませんが。

会長を頼まれたのは,投票の結果が出たあと

聞き手:黒田先生は一般社団法人日本光学会の初代会長ですが、日本光学会設立の経緯と今後についてお聞かせください。

黒田:日本光学会は応用物理学会の光学懇話会としてスタートしました。その後名称を変え,日本光学会として応用物理学会の下部組織という形でしたが,設立当初から応用物理学会の会員ではなく,日本光学会のみの会員という方も多くいるような状況でした。そうした経緯を踏まえ,会員に独立の是非を問う投票をしたところ,投票の9割,全会員の5割以上が賛成に票を投じ独立することが決まりました。2014年の9月に登記を行い,2015年の1月から一般社団法人日本光学会として活動を開始しています。
 実は私自身が会長をやってくれと頼まれたのは,投票の結果が出たあとでした。投票に至る準備段階でどのような議論があったのかは存じ上げていない部分もあるのですが,投票の結果を受けて,物事が一気に進んで行った感じです。
 基本の活動は以前の日本光学会の事業を引き継いでいます。機関誌「光学」,英文論文誌Optical Reviewを発行し,年次大会(OPJ)や各種講演会を開催しています。
 ただ一般社団法人日本光学会と応用物理学会は別組織になりますので,当時日本光学会の会員の方が,そのまま新しい一般社団法人日本光学会の会員になるわけではありません。もしまだ入会のお手続きをお忘れの方がいらっしゃいましたらあらためて入会の手続きのほどよろしくお願い致します。
 事業は引き継ぎましたが,資金の蓄えはなくゼロからの出発でしたので,初年度は赤字を出せない状況でした。そのため,1年目は極力経費を切り詰め,恐る恐る運営をしてきました。1年目は委員会での交通費が出せないとか,会員に大きな犠牲を強いるような運営になってしまいました。
 2年目からは少し余裕ができましたので,交通費ぐらいは払えるようになりましたが,まだまだ事務経費が十分に取れていません。本当に最低限,やっと動くぐらいの事務しか置いていない状況です。早急に強化していきたいところです。

学会の役割を充実させたい

黒田:ようやく財政的に少し余裕が見えてきましたので,これからはその次の段階に進めなくてはいけないと思っています。
 学会は情報交換など研究者同士の交流の場であります。研究成果を話し合い議論する場で,それが第一義なのですが,と同時に幾つか,もう少し違う役割もあると思っています。
 まずは教育や啓蒙です。若い人に光学の楽しさを教えるとか,そういう教育啓蒙活動をやりたいと思っています。
 それからコンサルティングです。特に中小企業さんで光学を必要としている企業にむけて,分からない問題とかアドバイスを気楽に聞けるような場を用意し,企業と学会をつなぐ橋渡しができればいいかなと思っています。
 実際に教えてくださいという話もいくつか来ています。今のところ,具体的な成果は出ていませんが,これから少しずつ活動していきたいと思っています。
 安定した運営のために会員を増やしていきたい。独立する前に約1,400名の会員がいましたが,今800名ぐらいです。会員増のためには,新しい分野の方にも積極的にアピールをしていきたい。日本光学会は14の研究グループがありますが,そのうちの1つ「フォトダイナミズム研究グループ」は去年の秋に新たに設立された研究フループです。これは天文の人とバイオの人が結び付いた非常に珍しい研究グループです。一見違うように見えますが,天文では空気の揺らぎ,バイオでは液体由来と,どちらも共通してモヤモヤした媒体の中を通してイメージングをしていますが,どうやってそれを修正してクリアな画像を得るかというところで問題点が一致しているのです。
 ただし昨今,応用物理学会はじめどの学会も会員は減ってはいないにせよ大きく増えてはいません。簡単に会員増は見込めません。ですから私たちも今の会員数できちんとやっていけるようなモデルもつくらなければなりません。それが何か明確な答えが出てはいませんが。
 最後にもう1つ,学会に期待される役割があります。毎年OPJではOSAの会長にお話をしてもらっているのですが,昨年のOSAの会長が強調していたのは,ロビー活動,つまり政府に強く働き掛けて科学技術政策の策定に関与せよということです。
 確かにそれをいわれると,今まではそういうことをやってなかったなと思います。理学系の研究は企業からの資金をあまり期待できないので,政府に働きかけることをやってきました。大型の実験施設,加速器とか最近ですと重力波の検出とかに企業は絶対にお金を出さないでしょうから,国に援助してもらうしかないわけです。
 これから少し国に働き掛けるようなことを,日本光学会だけではなく光関係の学会,例えばレーザー学会や応用物理学会と連携して働き掛けていかなければいけないのでしょう。
 簡単ではありませんが,学会の将来の機能として考えていかなければいけないと思っています。

3月8日は「光の日」

聞き手:3月8日に日本光学会など4団体の主催で「第1回『光の日』合同シンポジウム」が開催されます。

黒田:学術振興会の中に光エレクトロニクス130委員会というものがあります。以前は光と電波の境界領域130委員会でした。レーザーが出た直後ぐらいにつくられた歴史のある委員会なのです。
 その委員会で10年ほど前なのですが,当時の委員長だった小林駿介先生が3月8日を,光速の3×10の8乗という語呂合わせから光の日にしようと提案されたのです。それで10年ほど前から130委員会の1つのイベントとして3月8日に開催していました。
 130委員会そのものはクローズドの委員会なのですが,昨年の3月8日のイベントはオープンで開催されました。その時に今後は全日本的な光のイベントにしていきたいとの相談があり,日本光学会,応用物理学会フォトニクス分科会,レーザー学会,この3つの学会と,130委員会の4つが共同主催として「第1回『光の日』合同シンポジウム」というイベントを開催することになりました。
 全日本ということで,非常にたくさんの光関係の学会などに協賛をお願いしました。50ぐらいの学会や団体に協賛を依頼してOKをいただき広がりのあるイベントになることを期待しています。
 ゆくゆくは3月8日を光の日として登録して世間一般に認知してもらおうとも動き出しています。

光は非常に応用範囲が広く,決して廃れない分野

聞き手:最後に光学分野の若手技術者や学生などに向けて光学分野の面白やメッセージをお願いします。

黒田:基本的には,若い人には自分が楽しい,面白いと思ったことをやってもらえればと。それがたまたま光であればいいのですが,どの分野でもいいから興味を持った分野をやってほしいなと思います。
 光学は元来,人間がものを見るという,目の機能から来ています。カメラとか望遠鏡,顕微鏡というのは,人間がものを見るという,その機能をより強化補助するという,そういった視点で出てきていますから。
 情報収集の一手段として,あるいは情報の伝達の手段として,光に勝るものはありません。要するに光学は人間が外界とコミュニケートしていくとか,そういう時の一番基本となる「ものを見る」というアクションに根付いた科学技術分野であるといえます。
 突き詰めると,結局光は情報を運んでいるのです。そう考えると非常に応用範囲が広く,決して廃れない分野ではないかと思います。
 それから情報を運ぶのと同時にエネルギーも運んでいます。光のエネルギーというのは微々たるもののように見えても,実は地球が太陽から受けている光のエネルギーを考えて見ればその大きさ,重要さが分かると思います。
 それがものすごく先鋭化したのがレーザーです。レーザーの発明で光学の世界が変わってしまいました。太陽の光の莫大なエネルギーに,密度で匹敵するようなエネルギーをレーザーは持っているわけですから。そしてそれがまた非常に有用です。レーザー加工からリソグラフィーにいたるまで,光のエネルギーを使ったプロセスが実現しています。
 光のエネルギーをいかに有効に活用していくのかが光学の1つの側面でもあります。その意味で光というのは,情報やエネルギーを運ぶ媒体として,非常に広い応用範囲を持ち得るわけで,将来はまた全然違うところに使われるかもしれません。そういう可能性がある分野だと思います。
 ですから,光の新しい使い道というのを見つけてもらえると非常に面白いのではないでしょうか。もちろん光だけでは話は済まないので,それを受ける物質も含めてですが,汎用性や幅広い応用可能性,そういうものがポテンシャルになって,さらに新しいものに発展したら面白いと思います。

(O plus E 「私の発言」2017年3月号掲載。
ご所属などは掲載当時の情報です)

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