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【超短編小説】コーンポタージュ

 すっかり日も商店街のシャッターもおりてしまった。上を向くとオリオン座の一点一点がチカチカと地球から見える宇宙で瞬いている。この辺の道は高校時代の登下校に使っていた。何年か地元を離れていたので、何もかもが余計に懐かしく感じる。

「こんなに人通り、なかったっけ。」

当時の記憶ではこの時間でももう少し人通りがあったのだが、今や夜道に一人ぽっち。どれだけ着込んでもこの寂しさは溶けないことを今日の夜風が教えてくれた。

 もう少しだけ歩いたらうちに帰ろう。そう思って歩いていると、薄い白色の明かりが道端に照っているのに気が付いた。そしてそれは、ここを使っていた頃によく利用した自動販売機だった。当時と全く変わらず、隣には錆びついてきたゴミ箱も置かれたままだった。

「こんなに人が少なくなったのに、撤去されてないんだ。」

設置者からするとまだ利益は出ているのかもしれないが、客観的に見ればもはや不自然と言っても差し支えがなかった。目の前まで来て、棚に並んでいる商品サンプルをザーッと見ていく。一応、この季節に合わせて棚の商品は「あったかい」と「つめたい」が混在していた。

「あ、これ……」

その中にひとつ、目に留まる商品があった。一番下の左端、赤いパッケージに黄色と橙色を基調とした「コーンポタージュ」の文字。値段もあの頃のままの110円。さらに夜が深くなって、天井と一緒に気温もグッと下がったこともあって、自然と持ってきた財布の小銭入れに手が伸びていた。かじかみ始めていた手が中々言うことを聞かなかったが、チャリンと硬貨投入口に食べさせると、「ピッ」という音とともに選択ボタンが赤と青、それぞれの色に光る。迷わず110円の商品を選んでボタンを押すと、ガコンと自販機の足元に鈍い音が落ちてきた。一刻も早く手を温めたくて、取り出し口のアルミ缶をギュッと掴む。

「あちゃ!!」

予想以上に温められていて、思わず放り投げそうになってしまったが、掴んだのとは逆の手にパスをして、今度は優しく缶の上部を持った。一人ぽっちで良かったと、多分人生で初めて思った。

「飲みますか。」

かっこつけて片手のままカシュっと無駄に固い開け口の取っ手を引いて、小さな飲み口から湯気がモヤモヤと立ち上る。そんな一瞬の水蒸気で湿った取っ手を今度は奥に倒す。凍てつく鋭い空気の中に、温かく柔らかいコンソメ交じりの甘い香りがじんわりと溶け込んでいく。中身に向けてフーッと冷ますように息を吹きかけて、ズズっと音を立てながら少しずつ体の芯を温めていく。

「変わんないなぁ、これも。」

徐々に丁度いい温度になっていくコーンポタージュに甘えるように、一口の大きさも比例する。一口が終わるたびに「はぁー」と吐く息の白さは機関車のようだった。

 ゆっくりと飲んでいたつもりだったが、今日が夜に消えるように、とうとう缶の中身は空っぽになってしまった。

「懐かしい気分に浸れるひと時が終わってしまった……」

そんな時に吐いたため息にはまだコーンポタージュの熱がこもっていて、霧がかかったように目の前を真っ白にしてしまった。ため息と同時にだらんと下げた手に持ったままのコーンポタージュが目に入る。

「これを買ってくれる人は、もういないんだっけ。」

呟いてから大人しく、自販機の隣のゴミ箱に空っぽのコーンポタージュを投げ捨てる。他の缶やペットボトルに当たった音がしなかったので、やっぱり撤去した方がいいんじゃないかと思った。撤去してくれた方が、こうして未練たらしくこびりついた淡い気持ちを思い出さずに済むのだから。

 目頭にコーンポタージュの温かさが移ることもないのだから。


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