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決算数値から見る清水エスパルスの足取り(その2) -2006~2010年度-

1 資料説明

前回に説明したように、リーグが公表するクラブ決算の資料からエスパルスの数値を抜粋し、以下のような資料に加工してみました。

2006~2010年度(画像をタップすると拡大)

前回説明した注目すべき科目を抜粋し、そこにエスパルスに起きた出来事、当時の監督、リーグ順位などの戦績を加えています。
これで、当時の財務状況と出来事、戦績などとの因果関係などがなんとなく見えて来ます。

2 2006~2010年度の出来事

現在リーグが公表している過去のデータは2005年からになります。データ加工の都合により2006年からを取り上げました。

2006~2010年度は、長谷川健太監督体制の時代です。日本代表までになった岡崎慎司をはじめとして、兵働、藤本、本田、枝村などの若手を使い続け、市川、伊東らのベテランとも融合。チームとして年を追うごとに熟成し、タイトルには届かなかったものの、好成績を残した強い時代だったと言えます。

3 決算数値から見えてくるもの

(1)営業収益

営業収益(収入の合計)は、30億円から35億円程度です。J1の平均値と対比すると同程度くらいなので、表面的には良好な業績だったと言えます。

(2)スポンサー収入

スポンサー収入は12~13億円程度の推移です。この時代での大きな上昇はありません。

営業収益細目

安定していたとも読めますが、この時代のチームの好成績を背景にすれば、もっと営業努力して底上げができた可能性はあったと思います。
後の投稿で説明しますが、左伴社長時代は営業努力でスポンサー料が急伸しています。厳しい言い方ですが、この時代の営業努力は足らなかったと思います。

更に、伸びがないということは、親会社の鈴与グループからのスポンサー料もほぼ一定で推移していたと思われます。
つまり、好成績に関わらずチームの更なる強化、発展にもう一歩踏み込もうという姿勢がなかったという解釈もできます。それができなかった企業としての事情はあったかもしれませんが。
この辺りのことは、後の投稿で触れていきます。

(3)その他収入

その他収入は、10億円程度をキープしています。この内訳の一つに賞金があります。
長谷川監督が退任時のインタビューで「賞金を毎年稼いでクラブに貢献した。」と自らが語っているように、賞金で貢献していたと思います。

2010年度までは「アカデミー関連収入」や「物販収入」が項目立てされていなかったので、その他収入に合算されていたと思われまます。
当然ながら賞金単体の額が見えては来ていませんが、この時期のスポンサー収入が伸びていない中では、賞金も貴重な財源だったと思われます。

(4)トップチーム人件費

数値で見て分かるとおり、リーグの平均値くらいまでに伸びています。クラブの財政的戦闘力としてはそこそこ充実していたと思います。前述したように岡崎らの主力級をずっとキープできていた。結果として良い戦績が残せた理想的な時代だったと思います。

一方で、長谷川体制の終盤に向かって人件費が上昇しています。選手が活躍し、良い戦績を残したため、必然的にサラリーが上昇したものと思われます。

4 まとめ

▶この期間は、岡崎慎司らの戦力をキープし、熟成を続けて好成績を残した。
▶営業努力不足によりスポンサー収入をはじめとして、営業収入全体の伸びない中で、戦力を維持できていた支えの一つは、賞金だった。
▶好成績の一方でトップチームの人件費は上昇し、次第にクラブの財政に影を落とし始めていた。

次回は、エスパルスの歴史のターニングポイントとなった「主力選手の大脱走事件」があった2010年度に絞って焦点を当ててみたいと思います。

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