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いってんばり

 あるところに、いってんばりの 針が ありました。
そうよばれるように、針は とても気むづかしく、
いこじ なところが ありましたので、
そうすると たいてい
「この、いってん針めが!」とか
「この、ごうじょうっ針!」
などと、いわれて しまうのでした。

 それでも 針は 気にする ようすもなく、
あいかわらず 人のゆびを刺したり、
布を通りぬけなかったり していました。

 お姉さまは いいました。
「きっと すこし錆が でてきてしまったんだわ。
きれいに 磨けば だいじょうぶ。」
 お姉さまはそれから、針を こすったり 拭いたりして、
ぴかぴかに してあげました。

が、やっぱり針は 性格をかえることは ありませんでした。
「布は 通さずとも、信念は 貫き通してみせまする。」
などと、筋の通らないことを いってみせたり したとか。

 あるとき、お姉さまは
「この針は もう使えないわ。仕方ない、捨ててしまいましょう。」
そう言って、針にふくろを かぶせて、まだまだ ふくろをかぶせて、
ひもで、ぐるぐるまきにして、ゴミ置き場にだして しまいました。

 ゴミになった針は、それから ゴミ収集車に はこばれ、
うみの うめたて地に 放りだされたのです。
そこは、おなじような ゴミの なかまが、
いくつもの 山になって いるところでした。

 針は しばらく息をひそめて じいっとしていましたが、
そのうち、だんだん なかまのゴミが ふえるにつれて、
がやがやと まわりがうるさく なっていくことに、気づきました。


「いったい、なかみは なんだろうな。」
「こわいわ。近よらないほうが いいよ。」

などと、みんなが 針のうわさを していたのです。

 針のふくろには、
『燃えないゴミ』のほか、
『取り扱い注意』とか
『危険!さわるな!』とか
『開けたら 痛いめにあうぞ!』

などの 人をこわがらせるような 文字が、
いっぱい 書いてあった ものですから、
みんな 何だか しんぱいだったのです。

 針は ちょっとばっかり とくいな 気分になり
「えへん」と 言いました。

 みなさんが とくいになったり、自信をもったりすると、
やれないことも できるようになったり しますでしょう。
針も そうだったのです。

「えい!」

と あたまを ふくろにつき刺すと 
いともかんたんに あなが、あいたのです。
そこには、ちいさな お空が、できましたから、
あとは そこをめがけて ひょいっと とびだす だけでした。

 さてさて、こうして 針は、うわさをしていた 
なかまのまえに 登場できたのです。

 でてきたのが、ちいさな ほそい針だと わかると 
なかまは
「なあんだ 針か」
と ほっとむねを なでおろしました。
 なかまの ほとんどは、たいてい 針よりも おおきくて 
かたく できていたので、ちっとも こわく なかったのです。


 針の 目のまえには、いままで 見たことのなかった 
うみ が、ひろがっていました。

「こんなに おおきくて、青くて、大胆な 仕掛けが 
この世に あったのか。」

と 針は いたく 感心いたしました。

 でも、うみをわたって ちがう国に 行ってみよう 
などとは 思いませんでした。
それは針が、うみに出たくなかった わけではなく、
「うみをわたる」という 考えじたいを 知らなかったのです。

 まわりの みんなは、とても しんせつでした。
なかでも、お花の かたちに できている 髪どめさんを 
針は いっぺんで すき になってしまいました。
なんてったって、髪どめさんの ちいさな お口は、
かわいらしかったのです。

 でも、髪どめさんと 結婚して、家庭をもとう 
などとは 考えませんでした。
針は「結婚する」という 考えじたいを 知らなかったのです。

 そうして、針は 何をしたか というと、
ゴミのやまの てっぺんに つっ立って、
広い広い うみにむかって、
打ちよせる なみを、数えはじめたのですって。 

「ひと針 ふた針 み針 よん針…」

 波間がキラキラ光って、チクチク 針のお仕ごとに 見えました。
夜になると 針は、夜空の星にむかって 数え始めます。

「ひと針 ふた針 み針‥‥」

 そうやって みんなに 星座を 見せてあげました。
みんなは たいそう 喜びました。
髪どめさんも そのほか なかまたちも、みんな針を
大好きになっていったとか。

「えっへん! 心だって 縫って みせまする」

いってんばりは、はたらきものの 針になりました。


                          おわり

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