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歴史映画『提督の艦隊』(2015 オランダ) ~第一次・第二次・第三次英蘭戦争 17世紀の海戦を心ゆくまで堪能するにはぜひオリジナル版を

英蘭戦争、デ・ロイテル提督を主人公とした海戦映画です。

上はショートバージョン、下がロングバージョンのトレイラーです。

  • 「提督の艦隊」日本版 102分

  • 「Admiral: Command and Conquer」イギリス版(インターナショナル版) 128分

  • 「Michiel de Ruyter」オランダ版(オリジナル版・英語字幕あり) 146分

と3種類あり、長さがこんなにも違います。日本語版で大筋を日本語でつかんでから、オランダ版のフルレングスを観るのがオススメです。

2013年、「英蘭戦争のわかりやすいDVDってあるかなあ」との管理人の質問に、「既存品は教育用の退屈なのしかないけど、ちょうど今スゴい映画撮ってるから!」と提督におすすめいただいた映画。3年も経ってすっかり忘れていたところ、2016年2月に日本語版DVDまで発売されたことを「まだ知らなかったら大変」と先生がお知らせくださいました。ありがとうございました。お2人に感謝です。


DVD 提督の艦隊

公式サイト: ADMIRAL
出演: フランク・ラマース, バリー・アトスマ, チャールズ・ダンス, ダニエル・ブロックルバンク, ルトガー・ハウアー
監督: ロエル・レイネ
言語 英語, 日本語
字幕: 日本語
リージョンコード: リージョン2
ディスク枚数: 1
販売元: トランスフォーマー
DVD発売日: 2016/02/05
時間: 104 分
定価: 4,104円

内容

英蘭戦争、デ・ロイテル提督を主人公とした海戦映画です。鑑賞メモに詳述しますが、時代は1653年から1677年まで。海戦に限らず、英蘭戦争中のオランダ史概観、1672年の「災厄の年」がクライマックスって感じです。提督の娘たちが子供のままなので、作中では24年も経っているようには見えませんが…。なんだか『アラトリステ』同様、忠臣蔵三時間スペシャル臭がします。

しかし、日本語版パッケージのあらすじの「16世紀、オランダ。」って書き出しはひどいなあ。そして「首相失脚を狙う共和派の陰謀」も逆ですね。字幕(と9割方同じ内容の日本語吹き替え)が非常に良かっただけに、コピーライトのこの2箇所のポカが非常に残念です。

鑑賞メモ

画像:Pieter Cornelisz. van Soest (1666) In Wikimedia Commons 「四日間海戦」の中から、最も挟み撃ち感のあるものを

以下、まずは時系列で作中で取り上げられている出来事を挙げてみます。

  • 1653年 ヤン・デ・ウィットのホラント州法律顧問就任

  • 1653年 第一次英蘭戦争:テル=ヘイデ(スヘーフェニンゲン)の戦い →マールテン・トロンプ提督の戦死

  • 1665年 第二次英蘭戦争:ローストフトの海戦 →ワッセナール=オブダム提督の戦死

  • 1666年 第二次英蘭戦争:四日間海戦 →デ・ロイテル提督の最初の大勝利

  • 1666年 第二次英蘭戦争:二日間海戦 →オランダ海軍の大敗

  • 1667年 第二次英蘭戦争:メドウェイ川襲撃 →不沈艦ロイヤル・チャールズ拿捕

  • 1667年 ブレダの和約

  • 1670年 ドーヴァーの密約

  • 1672年 オランダ侵略戦争 →作中ではマーストリヒト攻囲戦

  • 1672年 「災厄の年」 →デ・ウィット兄弟の虐殺

  • 1673年 オランダ侵略戦争/第三次英蘭戦争:テセル島の海戦 →英仏連合海軍の上陸阻止

  • 1676年 オランダ侵略戦争:アウグスタの海戦 →デ・ロイテル提督の戦死

  • 1677年 デ・ロイテル提督の国葬

  • 1677年 オランイェ公ウィレム三世とメアリの結婚 →最後のテロップのみ

これを100分でやるわけなので、非常に駆け足です。海戦に関しては、英軍勝利は流し、オランダが勝利した3つに焦点を当てているので英国シンパには不愉快この上ないでしょうが(追記:オランダ版のみ、オランダの敗戦を描いた「二日間海戦」有り)、それぞれ特徴的な海戦をピックアップしており選択のセンスは良いと思います。

画像:After Jan de Baen (circa 1670) In Wikimedia Commons チャタムでの勝利とコルネリスを描いた寓意画

ミヒールは、自分を提督に推してくれたデ・ウィット兄弟と個人的な友情関係にあります。兄コルネリスは自身がミヒールと共に艦にも乗り、第二次英蘭戦争を終わらせる契機となったメドウェイ川襲撃は、弟ヤン自らが発案した作戦です。ミヒール本人はあまり派閥には関心が無く、むしろ当初はオランイェ党と思われていました。しかしライバルのコルネリス・トロンプが熱心なオランジストのため、周囲からは共和派と見られるようになります。今作ではデ・ウィット兄弟2人とも非常に好漢として描かれていますね。とくに兄のコルネリスは陽気なイメージです。

画像:Jan de Baen / Peter Lely (17th century) In Wikimedia Commons 上:ファン・ヘント提督/下:コルネリス・トロンプ提督

コルネリス・トロンプは、失礼ながら、意外にも紳士的な描かれ方。成金ぽいイメージを持っていたんですが、この映画ではオランイェ派の中でも最も良心的で、デ・ウィット兄弟の虐殺に対しても、「野蛮な」と批判的に見ています。ミヒールの実力を認めたら素直に従うところも好感度高し。反して、オランイェ派の悪党成分をすべて担っているのが、コルネリス・トロンプの義弟(妹の夫)ヨハン・キーヴィトで、史実でもデ・ウィット兄弟の虐殺の黒幕であり、作中ではミヒールの排除をも企んでいます。また、ウィレム三世の寵臣ハンス=ウィレム・ベンティンク(のちのポートランド伯)も、ウィレム三世にはあまり良い影響を与えていない要素として描かれています。

画像:Peter Lely / Von Steuben (17th century) In Wikimedia Commons 左:ジョージ・モンク提督/右:アブラハム・デュケヌ提督

駆け足なので、敵味方含め、コルネリス・トロンプ以外の提督たちがほとんど名前も紹介されないのが残念。オランダ側では、海兵隊を率いるウィレム=ヨーゼフ・ファン・ヘント提督がやや特徴的に描かれているものの(ホントはミヒールより先に戦死してるけど葬式にも出てる)名前も表示されず、ワッセナール=オブダム提督は一瞬でやられるだけの役。「艦長」と呼ばれてたのがおそらくヤン・ファン・ブラーケルです(あと2人は役名確認できませんでした…)。イングランド側ではトップ張ってるのがジョージ・モンク提督、赤い服を着たのがプリンス・ルパートでしょう。フランスの提督はアブラハム・デュケヌ提督。本来テセル島で仏艦隊は率いていませんが(史実ではデストレ提督)、本作ではここから登場しこてんぱんにやられたので、アウグスタの海戦で再戦時ミヒールの戦死に敬意を表している、という図式にしているようです。

英仏の提督たちのスタイル(イギリスがロン毛を後ろで束ねたスタイル、フランスはオサレな帽子と袖口レースに特徴)は、もう少し時代が下った頃のものじゃないかと思いますが、軍艦旗以外に国を識別する小道具としてうまく機能してますね。

画像:廊下に掛けられていたウィレム一世はたぶんこの2枚 In Wikimedia Commons

そしてウィレム三世。かなーりこじらせてます。ウィレム一世の肖像画が2枚掲げてある廊下で、「私はオランダ人に愛されてない!この人とは違う!」とか叫んじゃってるのがなかなかに痛々しい。本来大活躍だったはずの「災厄の年」の堤防決壊戦術も、「陸軍が無いなら堤防切っちゃえばいいじゃない」とアントワネットなノリだし、妬みやすいし外見ばかり気にするし結局は取り巻きに踊らされてるし、残念ながら一言でいうとまだまだお子様です。ミヒールの妻アンナにすら「自分のことしか考えない人」呼ばわりされてます。

映画のハイライト、というか見所は2つ。

画像:Pieter Frits (17th century) デ・ウィット兄弟の虐殺 In Wikimedia Commons

ひとつはデ・ウィット兄弟の虐殺。オランダ史屈指の残虐事件をがっつりやるので、デビルマン並のトラウマ必至。映像・音声かなり丁寧に作りこんであり、じっくり弄り殺す様が、『ブレイブハート』(13世紀スコットランドが部隊の映画)の処刑シーンに匹敵するかと。苦手な人は飛ばしてね。

ふたつめは、やはり海戦。比較的長く時間をとった3つの海戦は、それぞれ以下のように特徴を出しています。

  1. 四日間海戦: 単縦陣→挟み撃ち→相手艦に乗り移っての近接戦

  2. メドウェイ川襲撃: 火船による夜襲。夜襲は映画上の演出で、実際は昼間、数日に渡った戦いです。

  3. テセル島の海戦: 上陸艦を待ちうけての撃退。実際は明け方から日没までの長い戦いだったそう。

鳥瞰ぽく上から映していた艦隊のフォーメーション、沿岸から見える海戦などは、明らかにCGとわかる若干お粗末な感じでしたが、逆に管理人のように海戦の素人にも理解しやすい。接写はほとんどが実際にセットが用いられていて、とにかくよく木の破片が飛んでいます。当時の海戦における砲撃は、相手艦を沈めることが目的ではなく、砲台にダメージを与えるのもついでのような感じで、いちばんの目的はマストなどを破壊して操船不能に陥らせることです。砲弾が当たってどっかーんと人が降ってくる、似たようなシーンがどの海戦でも多用されていますが、当時のそんな事情を反映したものだと思います。

画像:Willem van de Velde the Younger (after 1673) In Wikimedia Commons 「テセル島の海戦」から、夜を描いたものを


DVD Admiral: Command and Conquer (英語版)

ヨーロッパ製のDVDは日本とリージョンコードは同じですが、テレビシステムの違いでテレビでは観ることができません(PCやリージョンフリーのプレイヤーで観れます)。

言語 Dutch, English, French
字幕: English
リージョンコード: リージョン2
ディスク枚数: 1
販売元: Signature Entertainment
DVD発売日: 2015/08/05
時間: 128分

内容

イギリス版(インターナショナル版)は買わないで!! こちらもオランダ版(オリジナル版)から20分程度カットされてます。管理人は買ってしまったので、結局オリジナルも合わせて3バージョンを検証する羽目に。

それでもイギリス版は日本版より20分長いので、いくつかのカットシーンは確認できました。
日本語版でカットされていたシーンで、これがないとわかりづらいでしょ、と思ったのは以下の4か所。

  1. コルネリス・トロンプが自分を提督にとデ・ウィットに直談判し断られる

  2. 四日間海戦で、コルネリス・トロンプがミヒールの命令をきかずに独断で行動したこと(これは史実も同じ)

  3. デ・ウィット家とデ・ロイテル家のガーデンパーティの場面ぜんぶ

  4. デ・ロイテル家放火の場面ぜんぶ

詳細は以下のオリジナル版にて。


DVD Michiel de Ruyter (蘭語版・英語字幕)

言語 Dutch, English, French
字幕: English
リージョンコード: リージョン2
ディスク枚数: 1
販売元: Dutch Firmworks
DVD発売日: 2015/06
時間: 146分

内容

こちらがオリジナル版。正真正銘カット無しオランダ公開版です。とはいっても、本編はインターナショナル版と作りは同じ(音声は吹き替え無し原語のまま・英語字幕)なのと、こちらのほうが若干字幕が大きいので見やすい。さらにおまけとして、監督コメント、出演者コメント、カットシーン、予告編5本、と盛りだくさんの内容です。

鑑賞メモ

画像:オランダ侵略戦争/ルイ十四世とマーストリヒト近郊のキャンプ
Adam Frans van der Meulen (1675) In Wikimedia Commons

大筋は日本版に書いたため、ここでは上掲のイギリス版にオランダ版を含めたカットシーンについて。まずはイギリス版・オランダ版共通のものを再度。

  1. コルネリス・トロンプが自分を提督にとデ・ウィットに直談判し断られる

  2. 四日間海戦で、コルネリス・トロンプがミヒールの命令をきかずに独断で行動したこと(これは史実も同じ)

  3. デ・ウィット家とデ・ロイテル家のガーデンパーティの場面ぜんぶ

  4. デ・ロイテル家放火の場面ぜんぶ

さらにイギリス版に無く、オランダ版だけにあったシーンは数秒単位の細かいものが多い感じでしたが、中でも大きなものは以下のとおり。

  1. 二日間海戦丸々ぜんぶ

  2. 議会や議員たちに関するシーン
    海軍を増強するための税金について
    10万の仏軍が国境に終結しているとの注意喚起とそれに対する両派閥の温度差

  3. デ・ウィット兄弟の死後、共和派がミヒールに指導者になるよう打診する場面

とくに二日間海戦は、当作内で唯一オランダが大敗する海戦で、これがオリジナル版以外ではそっくり完全にカットされています。この戦いの敗因は、コルネリス・トロンプの命令違反です。イギリス版では四日間海戦でのトロンプの単独行動が描かれていましたが、日本版ではこの両方の海戦での服務違反、さらに、トロンプが提督の地位をミヒールに奪われ快く思っていないという要素がまったく語られません。二日間海戦の後、ミヒールは衆目の艦上でトロンプの命令違反を感情的に非難し(本人も後からちょっと反省)、これが元でトロンプは海軍をクビになりますから、ここでミヒールとトロンプの確執が最高潮に達するわけです。トロンプが出るシーンを徹底的にカットした日本版では、後半にウィレム三世がこの2人の提督の和解を仲介するシーンがぼやけてしまいます。

画像:19世紀の歴史画ですが、ウィレムの和解のお膳立てのシーンを描いたリトグラフ。 unknownn (1832-1891) In Wikimedia Commons

共和国内の内部分裂の内容も日英かなりカットされていました。議会の建物(ビネンホフ)内部では、議長・法律顧問を手前とすると、右手側が「共和派」(デ・ウィットの伯父デ・フラーフが筆頭)、左手がキーヴィトとデ・ワールトを筆頭とする「オランイェ派」です。彼らがそれぞれを批判したり嫌味を言ったり、かなりあちこちに散りばめられているのですが、そういった要素も半分くらいカットされているので、お互いの反目もイマイチ深刻に見えません。

そこで急にデ・ウィット兄弟が「オランイェ公暗殺未遂の疑い」で逮捕・拷問された挙句にリンチ殺害に至るわけですが、そこまでの憎悪に行きつく理由が弱くなってしまっています。ミヒールも家が焼き討ちに遭ったりとばっちりを食らうのですが、彼がオランイェ派にとって疎ましくなっていく理由も同様に弱く感じられます。ひいては、そんなミヒールに死に等しい命令を下すウィレム三世までを狭量に見せてしまっているわけです。

要は何が言いたいかというと、この作品でいちばん面白いのは、主人公ミヒールの置かれる立場の移り変わりももちろんですが、実はライバルのコルネリス・トロンプの心の変遷だったりします。それを遺漏なく鑑賞できるのはオリジナル版しか無いわけです。機会(UKまたはUSからの購入が可能)と機械(DVDマルチドライブ)があれば、146分フルに観るべき作品です。

ちなみにミヒールを筆頭に、デ・ウィット兄弟や貴族たちなど主要人物は肖像画に面立ちの近い人物が演じていますが、コルネリス・トロンプだけはあまり似てないですね。

ところで、オリジナルにはおまけも豊富です。オリジナル上映版からもカットされてしまった場面が10分くらい、順不同で次々流されます。これには台詞のあるシーンはほとんどなく、大半が撮り溜め的な、当時のオランダの市井の人々の暮らしや海戦のシーンになります。5本ある予告編には、海戦だけに絞ったもの、最後のミヒール以外はすべて登場人物の背中だけを映したものなどがありますが、予告編すべてにデ・ウィット兄弟の虐殺のシーンは一切映されていません。ドンパチ映画のように宣伝しておいて、実は重厚な政治劇だった、と良い意味で期待を裏切らせる演出かもしれませんね。

実は管理人のオリジナル版は買ったのではなくいただきもの。オランダに日本版を送ったのと交換でいただきました!

画像:ミヒールの旗艦「デ・ゼーフェン・プロフィンシーエン」の模型 作中(英蘭版)では、英国王チャールズ二世がこの模型を蹴り飛ばして壊すシーンも。(1665) In Wikimedia Commons

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