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就農準備のために全国80軒以上の農家訪問を実践!実現できた理想の農業とは?

今回取材をしたのは、広島県東広島市の標高約250mに位置する中山間地で農業を営む森昭暢さん。約40品目の露地野菜や稲を自然農法で栽培しています。

森さんが就農した当時、広島県では有機農業の経営指標や技術指針が無かったそう。そのため、全国80軒以上の農家さんや農業法人などを訪問し、そこで実践されている農業を参考にしながら、試行錯誤を重ねて有機農業の仕組みを作りあげてきました。

そんな森さんに就農前の準備期間のお話や、土づくりの話などを伺ってきました。

【プロフィール】
森 昭暢さん|安芸の山里農園 はなあふ
広島県竹原市出身。農園の名前である「はなあふ」とは、春・夏・秋・冬の季節の頭文字からとっているそう。


将来の農や食を考えた時に漠然と生まれた不安

森さんが就農したのは12年前。将来の暮らしや食に対して不安が募ったことがきっかけでした。

「就農する前は東京で屋上菜園の設計や施行などの仕事をしていました。もともと農業や田舎が好きで、週末は新潟県で農業体験に参加したり、山を借りて畑を作ったりしていたんです。」

そんな中、森さんは化学肥料の枯渇が懸念されていることや、農薬の影響で自然の生態系が変化していることを知ります。

「小さい頃からフナやメダカ、ザリガニなどを捕まえて遊ぶことが好きでしたが、近年農薬の影響でそれらの生き物たちが居なくなったことを知ったんです。それに2007年頃、世界的な異常気象で小麦とバターが手に入らなくなった時期がありました。そんな様々な出来事をきっかけに将来の暮らしや食料に対して不安が募っていきました。」

これらの出来事のほとんどに農業が関わっていることに気付き、森さんは農業により関心を抱き、環境に負荷をかけない農業に自らが挑戦することを決意します。

就農前に全国80軒以上の農家を訪問

森さんは就農する地域に合わせて自分ができることをやりたいと思っていました。とは言うものの、環境に負荷をかけない農業を実現したいという想いから、有機農業をやることは決めていました。そのため、どの地域で自分の有機農業をスタートするか決めるため、就農する前に全国80軒以上の農家さんを訪問します。

「日照、気温、水、年中緩やかな風が吹きやすいかなどの環境を知るために、約2年かけて全国を周りました。経験がものをいう世界なので、この2年間で学んだことが今の自分の農業スタイルに大きく影響しています。色々な農家さんを訪問する中で、農作業スキルが身に付き、どうやったら農業経営が上手くいくのかを考えるきっかけにもなりましたね。」

80軒以上の農家さんを回ったからこそ、森さんは農家さんの厳しい現状を感じます。

「ほとんどの農家さんが長時間休みなく働いているのに、収入に結びついていなかったんです。『自分たちの代で農業は終わり、子ども達には継いでもらいたくない。』と話す人も多く、農業を生業としてやっていくことが難しいというのが印象的でしたね。」

当初より、脱サラして農家になることは代々農業をやられている方以上にハードルが高いと感じてはいましたが、農業を生業にすることの難しさを改めて感じた森さん。ですが、訪問した80軒以上の農家さんの中には、成功している農家の方も。そういった方々を見て勉強するにつれ、自らも「工夫次第で成功できるのでは?」と思いはじめ、次第に「絶対に成功してみせる」という反骨精神が芽生えてきたといいます。

森さんは「なぜ農業が収入に結びつかないのか」という課題の原因を農家訪問を続ける中で自分なりに考え、徹底的に分析をしていきます。

「農家さんの中には補助金を利用する人が多いですが、実は政権が変われば補助金の内容も変わることが多いんです。補助金を利用しようとして、政権が変わる世の中の事情に振り回され、農業の軸が安定せず、結果、経営も定まらないという農家さんを見てきました。そこでまずは、自分がどんな農業をやりたいのか、ミッションやビジョンを考えました。すると、自分で精査して販売していくような力や、全体を回していく経営スキルが必要なのではないか、と思ったんです。」

さらに森さんはあることに気付きます。

「農業って売上は低いですけど、その一方で経費が大きいんですよね。売上に対して7割は経費に消えていきます。それに市場の影響をかなり受けやすいんです。
沢山作物が収穫できた時は単価が下がり利益には繋がらない。しかし天候の影響などで作物が収穫できない時は、周りの農家も収穫できないので、無条件で単価が上がります。ですが、周りが収穫できない時に収穫できる農家の割合はごく稀です。どちらにせよ、農家の収入にはつながりません。
一番良いのは普段通りに出荷できること。とはいえ、自然を相手にしている農家にとって、天候に左右されることだけはどうしようもできません。」

そこで森さんは、これらの課題を踏まえた上での対策として、多品目の作付け、加工品作り、販売価格の固定などに取り組みました。

「まずは直販の比率を増やし、自分で価格を決めることのできる部分を増やしていきました。宅配や自動販売機で販売したり、道の駅には有機農家のこだわりコーナーを設けたり。とにかく市場に左右されずに、自分で販売できる形づくりをしましたね。
加えて、経費をとにかく抑える工夫もしましたよ。宅配の配送料や資材を購入する際も一社だけで判断することなく、複数社に相見積もりをとってより安くなるように努力しました。
長時間労働への対策としては、なるべく草取りはしない、水やりは決まった時間にする、出荷調整は間引きのために収穫した野菜なども出荷できるようにする、などの工夫を図りました。」

また、野菜の宅配をする上で多くの農家さんに言われたことは「野菜の切れ目は縁の切れ目」ということ。この言葉をきっかけに、他の農家さんと共同で野菜セットを販売し、とにかく野菜を切らさないことを意識していきます。

このような就農前の緻密な経営戦略により、森さんは就農後3年で目標としていた年収400万円、週休1.5日を実現させます。

就農3年で目標達成を成し遂げた森さんは、それ以上右肩上がりの数字は求めずに、農業を取り巻く大きな環境変化に対応し、安定性を追求していきます。その一つが「土づくり」です。

土壌も生物も、大切なのは「多様性」

森さんが野菜を栽培する上でこだわっていることは、土づくり。

「世界の土壌は農業機械や農薬・肥料などを過度に使用することが要因で、ここ100年くらいで約3分の2が劣化していると言われています。世界中の砂漠化している土地のほとんどが、もともとは農地だったんです。土のバランスが崩れると、野菜の栄養価バランスも崩れます。しかし、私が野菜を育てる目的は人々の健康を支えるため。人の健康を守るためには土壌からバランスを取る必要があると思ったんです。そのために定期的に土壌分析を行っています。土壌分析では、大学の時に専攻していた土壌微生物の知識がとても役に立ちました。」

土づくりにこだわるという森さんの圃場は、他では見たことのない作物が栽培されていたり、畝と畝の合間の距離が離れていたり。明らかに他の圃場とは異なっている様子が見受けられました。

「土づくりで大切なのは根張りの良い土壌にすること。植物は光合成をしますが、その光合成でできた栄養分の10%は根から出しています。植物が生えることで、光合成が行われ、根に土壌微生物が集まる。そうすると、土壌微生物が自然の耕運機のような役割を果たしてくれて、土がフカフカになり、根が伸びやすくなるんです。土を裸にせず、植物が維持することを意識しています。そういった中で、無限の資源を有効に活用していこうと思い、着目したのが「雑草」でした。ただ、雑草は作物の栄養を奪い、生育に影響を及ぼしてしまうというマイナスの側面もあります。雑草と作物を共存させ、常に土に植物が生えている状態にするために思いついたのが、作物を優先させる「栽培」部分と、雑草を優先させる「通路」部分を区分けし、それぞれ1mずつ交互に設けるパターンを作付けの基本型とすることでした。そのため、うちの圃場は他の圃場に比べると畝間の距離が広いと思います。」

良い土づくりのために行う工夫は、圃場での作付けの工夫だけにとどまりません。栽培する品種にも土づくりを意識したこだわりを持たれています。

「私の圃場では、土壌環境を良くするために、単一品種だけでなく、多品目少量栽培をしています。これは圃場に生息する生き物も多様性が重要なのでは、という考えからです。根張りを重要視しているので、あえて、固定種・在来種は合わせて蒔いていますが、持続可能な中でも、生態系に配慮した農業を実現したいという思いがあります。地域から種取りされてきたものを次世代につなげていく。それが農家の責務でもあると思うんです。様々な固定種を求め、県外まで足を運ぶこともあります。」

土づくりにとことんこだわる森さんは広島県土壌医の会の会長として、県内120地点で土の検査も行っているそう。また土づくりのアドバイスや指導をするために、広島県内の農家さんのもとまで足を運ぶなど、持続可能な農業を実現するために日々奮闘されています。

持続可能な農業を目指して

最後に、森さんの”今後目指すところ”についてお伺いしました。

「農業は一般の方からの理解があってこそ成り立ちます。農産物は自然環境が生み出してくれる産物なので、人間の都合だけでなく、自然の都合を理解しなければいけません。しかし、普段一般の方が農業に触れる機会はほとんどないと思うんです。50、60年前は3人に1人が農家でしたが、今は100人に2人しか農家がいないというデータがあります。そういった農家数の減少を考えると、自分から意図的に行動しない限り、一般の方は農業に触れ合うこと、農家と繋がる機会がなくなってしまいます。そういった背景もあり、現在農業体験をやっているんですが、今後は市民農園を開設することにも挑戦していきたいですね。このあたりでも空地が増えていて、そういった土地を利用できればと思っています。それに今、家庭菜園のニーズがすごくあるので、家庭菜園に興味のある人を巻き込むことで一緒に農地を守っていきたいですね。」

今後について笑顔で語ってくれた森さんはその他にも様々やりたいこと、研究したいことがあるそう。森さんをはじめ、多くの農家さんが持続可能な農業を守るために日々奮闘されています。しかし農家さんだけではなく、私たち一般消費者も自発的に農業に触れてみたり、地産地消の食材を購入したりなど、一人一人ができることを考え行動していくことを大事にしていきたいですね。