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【ぐるぐるの二年間】に終止符を打つ

あけましておめでとうございます。

……稼働させないまま放置している、このnote。
「いったい、何を書けばいいのか」……ずっと考えていました。

小説を書いてますが、エロティックなものが大半なのでnoteでの告知はなんとなくはばかられるし、じっさい無名作家のCMなど見向きもされない。
何か、読んでくれる人に有益な情報を盛り込まなくては。
でも、たいしたキャリアもなし、才能もなし……ないない尽くしで、どうするべ?
「そんな無駄なことにエネルギー使わないで、書きたいこと書けばいいんだよ!」が正解なのはわかっているんですが……。

じつは一昨年くらいから、小説だけでなく、文章を書くことそのものが苦痛になってしまっていました。
一応商業レーベルで、ぽつぽつ仕事をさせていただいてる身としては、「もう廃業したほうがいいんじゃね?」と、ほぼ毎日思ってしまうようなレベル。

一番の原因は、体力&気力が弱ってきたこと。(たぶん年齢的なもの)
日中は社畜をしている兼業なので、執筆に入ると書きあげるまでの数ヶ月、ほぼ慢性的な睡眠不足状態になります。
要は【寝ないで書く】という力業ちからわざができなくなったんですね。
筆が遅いのも拍車をかけていると思います。
この記事みたいな、ちょっとした文章でも、考え考え、ほぼ半日かかってしまう。(わはは…)
ちゃっちゃと短時間で仕上げてしまえば余裕が生まれるのに、集中力が続かない。すぐにヘタる。

疲れが取れない ⇒ 集中力がなくなる ⇒ ただでさえ鈍い頭がさらに鈍くなる⇒ やたらと筆が遅くなる ⇒ 書く時間を捻出するために、さらに睡眠時間を削らなくてはならなくなる ⇒ 疲れが取れなくなる……………………という無限地獄のループ……。

正直、もう終わってるわ(笑)
ラクになるには会社を辞めるか、商業作家を廃業するしかない。
でもでも、まだ大学生の息子がいるし、何より生活がかかってるし、仕事そのものは面白いから会社は辞めたくないんだ。
だったら……選択肢は………………。

さくっと諦めてしまえば悩むこともないのでしょうが。
本心は、【まだまだ書きたい話がたくさんあるのに、こんなとこで終わりたくないよぉ(涙)】でした。

で、いろいろ考えた末、【Nola】という執筆ツールの有料版を使ってみることにしました。

充分な時間が取れないのであれば、隙間時間を使って、効率よくやっていくしかない。

Nolaの回し者でも何でもないけど、これはおすすめできます。
わたしみたいに、GoogleDriveやDropBoxなどの共有ツールを上手く使いこなせない方々には、特に。
起承転結より3幕構成のほうがラクなのと、今後ファンタジーやホラーの長編も書きたいので、プロット形式や世界観などをカスタマイズできる有料版を申し込みましたが、無料版でも充分使えます。
作品とその情報を簡単にクラウド上にストックできる。
なので万が一、PCやタブレット、スマホがぶっ壊れても安心です。
(あ、登録したメールアドレスとパスワードは手帳にメモしておいてくださいね)

携帯用キーボードを買ってスマホに繋げば、仕事帰りにおしゃれなカフェ(!)とかに寄って、こそっと書けるじゃないか。
(自転車通勤なので、通勤時間はおもに妄想と周囲の風景を楽しみながら観察することにあててます)

「よし! これで少しは執筆がはかどるぜ!」
意気込んだものの、なぜか本文が空白のまま、キャラ&プロットだけの作品ストックが増える増える……。
話やキャラは次々思いつくのに、いざ書こうとすると頭が真っ白。
気の利いた文章どころか、何も浮かばない……。

あ~、完全に終わってるじゃないか、自分。
なんでこんなことになっちゃったんだろ。
書くのが楽しくて、勝手に動きまわるキャラを制御するのに苦労していた、数年前のあの夢のような充実感はいずこへ……?

ため息をつきながら、つらつら考えてみるに、その原因はたぶん『自分で勝手にハードルをあげすぎた』こと。
これが文章書くのがいやになった、おそらくは二番目の元凶。

TwitterやNoteなどのSNSをしていると、周囲にすごい天才が普通にゴロゴロいるのがわかる。
わたしは小説を書いているので、ふと魔が差して(?)【エブリスタ】やら【なろう】やらの投稿サイトに足を踏み入れた日には、三つも四つも長編を同時連載(しかも毎日更新)している天才が普通に、しれっと棲息しているのを目撃してしまいます。
くわえてSNS上で個人的交流のある人物がみな多作、もしくは書籍化作家。

(たかだか10万文字を4ヶ月も5ヶ月もかけて、ひーひー言いながら書いてる自分って、なんなん?)
(ひーひー言いながら書いても、ほとんど読んでもらえない……というか反応がもらえない自分って、なんなん?)

……って、自分が他の人の発信に反応しないんだから、反応ないのは当たり前じゃないか。
エネルギー等価交換の法則は宇宙の法則。エネルギーは水とおんなじ、循環させないと澱んで腐る。
ああ、でも循環させようにも適切な文章が浮かばない……。

さらに『量は質を駆逐くちくする、量産できない作家はカス!』的な文言をあちこちで眼にします。
長編を数本同時連載(しかも毎日更新)、このくらいの熱と勢いがないとダメなんだと、絶望の無間地獄に堕ちてしまう。

だから自然、SNSから距離を置くようになります。
無名なのに発信しないのだから、さらに埋もれてしまいます。
いったん埋もれてしまうと、いつどうやってSNSに復帰したらいいのか、とっかかりが掴めなくなって、結果、長期放置状態に。
長期放置のその後、なんとか復帰のとっかかりを……と、恐る恐るリツイートするだけでも心臓がバクバクしてメンタル的によくない。ほんとに。

でも年が変わり、大学入学以来DTM(デスクトップミュージック)にまっている息子が帰省して、つらつら創作関連の無駄話をしているうち、なんだか、いろんなことがどうでもよくなってきた。
もう疲れたというか、底についたというか(笑)

ダメダメでもいいじゃん、と思う。
いくら努力したって、できないことはできないし、無理なことは無理なのだ。
とりあえず今年いっぱいやってみれば、活動を続けられるのか、無理なのか、はっきりするんじゃないかな……という気がしてきました。

けっきょく、何ごともタイミングなんでしょうね。
その時期がこないと動かないし、動けないし、腹落ちできない。

ただぐるぐるするだけだった約二年の空白は、もったいないといえばもったいないけど、その空白の時間があったからこそ得られたものがあるはず。
小説は書けなかったけど、本をたくさん読みました。
たくさん読むことで自分の世界が確実に拡がったし、本当は何を書きたいのかも、おぼろげに見えてきた。
(書く技術が伴うかどうかは、また別の話:笑)

たくさん読むなかで少しずつ、『今の自分の小説に何が足りないのか、あるいは何が過剰なのか』『自分の強みは何なのか』、誰かにいちいちかなくても、自分で、ある程度ならわかるようになりました。

過去に新人賞に応募し、編集部から講評をもらったことがありましたが、書いてあることがほわっとしていて(抽象的で)、具体的にどうなのかが明言されてなくて、少しがっかりしたことがあります。

なぜ具体的に言及されなかったのか――今ならわかります。
ほわっとしたアドバイスを受けて、自分でどこが足りなかったのか気づかないようでは、運良く受賞してデビューしてもプロとしてやっていけないから。

作家の三浦しをんさんの著書にあった、

自分で自分の書いたものを(万全には無理でも、ある程度)ジャッジできないひとは、小説を書くことにあまり向いていません。
ではどうしたらジャッジできるようになるのかといえば、これはやはり、小説を読んできた経験によって培われる、と言えると思います。

三浦しをん『マナーはいらない~小説の書きかた講座』より

という言葉が腑に落ちるのは、たくさん本を読んできたからだろうなあ……と感じています。


『なんでもかんでもソッコーで、早くこなせるのが素晴らしいし、それが一番の才能!』『サクサクと要領よく、たくさんのタスクをこなさないと生き残れない』『見た目がすべて!』という世の中の風潮だけど、それが【自分にとっての本当】なのかどうか、自分で考えて確かめてみるのは大事。

『常識と言われていることや、有名人・有識者が言っていることが本当に正しいのか、ちゃんと自分の頭で・・・・・・・・・考えてみる』

わたしは、それができていなかった。
【できている気分】になっていただけだから、簡単に自分軸がぐらつく。

世間の常識の大半は、とことん支配者たちにとって都合よく作られているのだなあ……と気づいたことが、この空白の二年間で一番の収穫だったかも。
(この収穫を得たせいで、また新たなる『ぐるぐる』に陥ってしまうのだけど(笑)、それはまた別の機会に)

まだ『ぐるぐる』から完全に抜け出せていない今は、これといって目標は立てられてないし、いきなり覚醒してがつがつ書きはじめる――なんてカッコいい展開もないと思う。
でもやっぱり、『紙の本を出して、書店に自分の本が並んでるのを見たい』という夢は諦めきれないので、今年もほぼ水面下の活動になるけれど。

書き続けます。



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