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どうして猫に慢性腎臓病が多いのか?予防する手段はない?

どうして猫は慢性腎臓病が多いの?

 猫の慢性腎臓病が認識されてから50年以上は経過している。驚かれるかもしれないが、「なぜ猫に慢性腎臓病は多いのか」という単純な疑問に、我々獣医師はその理由を今も答えられないままである。もちろんこの疑問に答えるために、我々は何もしてこなかったわけではない。生物学的な特性、他種との腎臓の解剖学や生理学的な違い、タンパクや細胞などのミクロな視点などから、猫が腎臓病になりやすい理由を、多くの研究者が探ってきた。しかし、「なぜ猫に腎臓病は多いのか」という疑問に対する明確な解答は得られていない。どうしてだろうか?筆者は、猫の慢性腎臓病が「一つの病気だと認識されてしまっている」ということにその理由があると考えている。

実際どれくらいの猫が腎臓病になるの?

 猫で最も多い病気は腎臓病であることは、猫と関わる人にとっては常識中の常識といっても過言ではないと思う。海外の報告では、猫の慢性腎臓病の罹患率は15~30%に及ぶとされ、国内の保険会社が報告した死亡原因の第1位は腎泌尿器疾患であり、全体の30~50%を占めている。しかし、国内のデータは、保険会社が報告したもののみであり、保険加入していない猫は含まれていないことやこの報告では「腎泌尿器疾患」と大別されていることから、本当に「慢性腎臓病」に罹っていたのか、そのために亡くなったのかが明確ではない。そのため、国内では猫の慢性腎臓病の発生率がどのくらいあり、慢性腎臓病によって亡くなってしまう猫がどれくらいいるのかという正確なデータがないのが現状である。つまり、我々獣医師は猫の慢性腎臓病の患者が国内にどのくらいいるのか、現状把握できていないのだ。そして、猫の腎臓病が昔と比べて増えてきたのか、減っているのかもよくわかっていない。つまり、我々は猫の腎臓病について全然わかっていないのである。

 「猫は高齢になったら腎臓病になる」「高齢で腎臓病になるのは仕方がない」。そういった言葉を耳にすることは多い。猫の腎臓病が犬よりも発生率が高いのは確かである。しかし、これらが「常識」となりすぎてしまったため、なぜこの猫が腎臓病になったのか、という検索がおろそかになってしまっているという側面があると考えている。

 今まで筆者が飼っていた猫は3頭おり、1頭は外にも出していたせいもあって、6歳で外傷のために亡くなっている。もう1頭は14歳まで生きたが、腎臓病にはならなかった(庭に出てしまったときに、他の猫に噛まれてしまい、感染症で亡くなった)。今一緒に暮らしている猫は10歳を超えたが、今のところ腎臓病にはなっていない。ものすごく主観的な意見で申し訳ないが、本当に猫には腎臓病が多いというのだろうかという疑問が湧くときがある。なぜうちの猫たちは腎臓病にはならないのだろうか。腎臓病になってしまった猫たちと何が違うのだろうか。

慢性腎臓病は予防できるのか?

 筆者の家族である猫たちは、腎臓病にはなっていない。それはなぜか。生活環境か、遺伝的か、たまたまならなかったのか。それが分かれば、腎臓病の予防につながるのではないだろうか。
 残念ながら、猫の慢性腎臓病は今のところ治る病気ではないために、多くの場合で3~5年以上の長期的な治療を必要とし、進行するにつれて投薬の数や点滴のための通院回数が増加する。そのため、猫のみならず、飼い主の精神的、経済的な負担が大きい。また、この慢性腎臓病に対する有効な治療法はほとんどなく、対症療法のみが行われている。今後より有効な治療法の開発が望まれ、期待されているものもある。しかし、新規の治療薬の使用によって医療費が増加することは免れない。本当の意味で猫が健康に暮らしていくためには、腎臓病そのものを減らすための予防医療が重要になる。しかし、猫で慢性腎臓病が多いと認識されてから50年以上も経過しているが、その予防法は全く確立されていない。どうしたら、予防できるのだろうか。そもそも予防することなど不可能なのだろうか。

猫の腎臓病に関する疫学調査が全く足りていない!

 人の場合では、慢性腎臓病の主な原因は、糖尿病に伴う糖尿病性腎症であり、メタボリックシンドロームといった代謝の問題を解決することが腎臓病を予防できると考えられている。また、久山町研究(https://www.hisayama.med.kyushu-u.ac.jp/)といった大規模な疫学調査で生活習慣病などによる腎臓病のリスク、脳梗塞などの心血管性疾患との関連性が評価されてきた。

人と猫の腎臓病の違い。猫の腎臓病ではその原因がほとんど評価されてこなかった

 しかし、猫では、これらの評価を大規模には行われていないため、腎臓病のリスクや原因はほとんど知られていない。猫では、リスクが何か分からず、原因も不明なために腎臓病を予防することができないのである。英国、米国、そしてタイで猫の腎臓病に関する疫学調査が報告されている。これらの調査では歯周病、年に1回のワクチン接種、キャットフードを使わない食事などがリスク因子として報告されたが、そのリスク因子は各国で一貫していない。ワクチンに関しては、リスクとした報告とそうではなかったという報告に分かれている。また、これらの研究すべてで腎臓病と一つの疾患とのみ捉え、その原因の調査は行われていなかった。そして、諸外国と国内では猫の飼育環境が大きく異なるため、同じ因子が国内の猫でもリスクとなるかは不明なままである。

「猫では腎臓病が多い」が常識でなくなる日を目指して

 筆者の夢は、猫では腎臓病が多いと言われなくなること、である。画期的な治療法の開発でもすべきと言われてしまいそうだが、腎臓病になる猫を減らすことこそが猫、そしてその家族の幸せにつながると思っている。その一歩として、我々は、「猫の慢性腎臓病の疫学調査」を実施している。どのような猫が腎臓病になるのかを明らかにするためである。もしご興味がある猫の家族の方はご連絡をいただければ幸いである。

以下に、筆者が所属する日本獣医生命科学大学のHPでの参加募集のページを抜粋する(https://www.nvlu.ac.jp/veterinary-medicine/news/20220608-01.html)。このページに詳細な連絡先も記載されている。

「慢性腎臓病の猫に関して、国内では疫学調査がされておらず、腎臓病になる猫、ならない猫の傾向が全くといってよいほどわかっておりません。どのような原因で腎臓病になるか不明な状況で、有効な治療法の開発や予防法の確立ができるとは思えず、動物病院にかかっている猫だけでなく、健康な猫の家族にもご協力を得たいと考え、富士フィルムVETシステムズ株式会社の協力を得て、実施を計画しております。ご協力いただける場合、来院いただいた際に研究や疫学調査についての内容をご説明し、同意書をいただきます。ご協力のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

【検査内容】
アンケート調査、身体診察、血液・生化学検査、尿検査、画像検査、血圧測定
※血液検査の結果は、後日メールまたはFAXでご報告いたします。検査結果が出ましたら、病気の有無、病状に関して、実施責任者の宮川から診断書をお送りいたします。検査結果・診断内容に関するご質問は随時受け付けております。
※アンケートは、猫の動物行動学に基づいた生活環境の調査のためのものです。
主にアンケートには猫の性格、室内の環境(食事場所、トイレ、運動、寝る場所など)、今までに食べてきた食事(ドライフードか缶フードかも含めて)、家族(人および同居している他の動物)との関係、今までにかかった病気や今治療している病気などに関してお聞きします。

【検査実施場所】
日本獣医生命科学大学 付属動物医療センター
〒180-8602 東京都武蔵野市境南町1-7-1

【検査実施日時】
メールでご都合の良い日程をご相談させていただきます。
平日または土曜日 15:00-18:00となります。
※検査時間は1時間程度を予定しております。

【連絡先】
実施責任者 日本獣医生命科学大学 獣医学部獣医学科
獣医内科学研究室第二 准教授 宮川優一
メール: nvlu_vim2nd@nvlu.ac.jp
電 話: 0422-31-4151 ※平日のみ対応可
(本学受付に繋がりますので、「内科の宮川に繋いでください」とお伝えください。)」


今回は、初めてのnoteの投稿であったので、筆者が今何を重要と考えているのかを知っていただきたいと思って記述した。次回以降は、腎臓病の診断や治療法に関する情報、自分の見解を出していきたい(一部は有料記事になるかと思いますが)。


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