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重い石

インフルエンザが流行っている。先々週は息子が、今週は娘が、そして昨日から妻が発熱した。幸いなことに(?)週末に発症してくれているので、子どもたちの学校や私の仕事には穴を空けることがない。先週の三連休も、この週末も、ずっと家で過ごしている。

私の母は頭痛持ちだった。風邪をひいて寝込むことは珍しくなかった。身体のだるさに眉間を歪め、重い足取りで寝室と台所を往復する。きまって市販薬のヒストミンを服用していたが、効果があったのかは分からない。私は「大丈夫?」と声をかけることしかできない自分が情けなくて、よくひとりで泣いた。このまま母が死んでしまうのでは?という悲劇的な考えは一度浮かぶと、なかなか頭を離れなかった。

母は小学校教師だった。痛みに弱い人ではない。いま同じ職をしていて実感する。痛みに鈍感ではいけないが、痛みに弱い者では勤まらない。職場にいる間は気丈にふるまい押し隠していた痛みの表情は、家では、それはもう存分に解き放たれていた。あまりに辛そうだから、見ている側が、それも子どもなら、心をやつすのも当然だったと今なら思う。

そういう母を見て育ったから、痛みは人に見せないようにするのが正しいのだと考えるようになった。辛いのは自分だけではない、痛みをあからさまにすると周りが気を遣う、しんどいときこそ気丈に振る舞え、その忍耐はさらに自分を強くしてくれる……いつからかそんな思考回路が染みついて、それは確かに私を逞しくしてくれたのには違いないのだけれど、どこかでそれを他者に強いてはいなかったかと不安にもなるのだ。
みんな私ほど強くない。いや、痛みを押し隠すことが強さとは限らないのだと、近頃思う。もっと早く、もっと自然に、自分の痛みを周囲に伝えられたら、と思うことが増えてきた。自分を強く見せるために飲み込んできた痛みの中には、時間と共に消えていくものと、どんどん蓄積されて永遠に私の中にいるものとがあるようだ。前者は私の血肉となったが、後者は私の重石となった。この重石はいつでもどかせると放っておいたが最後、時間が経つほど体積を増していき、今ではやり場がない。宿主の腹をいつも圧迫しつづけているにもかかわらず、人から見ればたいそう立派な石なのがまた厄介なところだ。やせ我慢をつづけるしかないのかもしれない。みんなが思うほど、私は強くない。

音楽がその石の角を少しだけ丸くしてくれる。
昨日聴いた音楽。

◎Red Hot Chili Peppers「Blood Sugaer Sex Magic」
ずっとMDで聴いてたよ。リックルービンの良い仕事。曲数の多さを上手くコントロールする緩急……どうせなら二枚組で聴きたかった。神盤「Californication」への布石。ジョンが脱退する。

◎U2「Achtung Baby」
あまりが手が伸びなった90's U2。90's再評価の波を受けてか、急に「名盤」扱いされてきた感じがする。悪くないけど、キラーチューンがない。「Joshua Tree」は良くも悪くもキラーチューンが突出し過ぎていて、Zeppelinの4枚目みたい。本作は全体的に均されているって意味でアルバムとして整った感じがする。国内盤には三代目魚武濱田成夫によるキモ過ぎるレビューが縦書き行書フォントで掲載されており、平成の香りを楽しめる。

◎Elliott Smith「New Moon」
二枚組だから最高。自死、アコースティックってだけでいつもNick Drakeが引き合いに出されるのは違和感。ニックは明るい。映画「グッドウィルハンティング」にはニックドレイクは合わない、と思う。

◎Nick Cave & The Bad Seeds「B-Sides & Rarities」
B面&アウトテイク集、三枚組、しんどかった。Disc2がピアノ多めで良い。このコンピ、PartⅡがリリースされている。こちらは二枚組。しんどいけど欲しい。

◎Mrilyn Manson「Antichrist Superstar」
魂の名盤。サブスクにない。

◎Smashing Pumpkins「Atum (Act1)」
三枚組。ブームの名前通り、90年代、雑多に蔓延していくその他グランジ勢との圧倒的格の違いを見せつけた二枚組傑作「Mellon Collie」を経て…ドラッグ問題による盟友ジミーの解雇、「Adore」の不当評価、解散を決して生み出された「Machina」…しかし結局のところビリーが落ち着ける場所はスマパンしかなかった。再結成以降、迷走しつづけるスマパン、新作がリリースされるたびに過去の傑作が引き合いに出されるフロントマンの苦悩は察するに余りある。よくある話ではあるんだけれど。
そんなスマパン=ビリー・コーガンが2023年にロックオペラをリリースすることの意味。バンドとは何か?もう廃れてしまった看板を背負いながら歩み続ける価値とは?聴いていて辛い。だって正直、曲があまり良くないから。いや、ぼくがビリーに追いついていないだけ。分からなくても聴くよ、一生。それぐらい嬉しかったリリース。

◎John Frusciante「Josh Klinghoffer」
ジョンのソロは一時かなりフックされてた印象だけど、スタジアムロック化するレッチリにちょっとだけ辟易する心もちも手伝って(実際は脂の乗ったバンド活動と並行してリリースされていたのだけれど)あまり興味が湧かなかった。
ウエットな泣きのギターをギャンギャン鳴らすわけでもなく、心拍数を上げるファンクネスを提示するでもなく、冒頭から突然はじまるクラウトロックさながらのシーケンスには驚いた。ローファイ、ヘロヘロヴォーカル。見渡す限りの荒れ地。ここにはかつて人々の暮らしがあったのだ。記憶の中にだけ香る町の暮らし。かすかには違いないが、芳醇な香り。これをアメリカーナと呼ぶ。
ジョンのソロを聴くと、彼がレッチリを出たり入ったりするのが分かる気がする。この人はレッチリのギタリストであるよりも、孤独なアメリカ人なのだ。そして世界で一番アディダスが似合う男でもある。


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