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トボトボ

彼はいつも、心から面倒くさそうな速度で歩く。きっと、楽しみなことがある日の半分にも満たないペースで歩いてる。耳にはAirPods。何かを聞いているのだろうけど、あのペースで歩いていてハイテンポな曲ということは無いと推測する。
この時期は口元も全て埋もれるくらい大きなマフラーをつけている。髪はハイトーンに染めた形跡があり白い大きな上着を着て、トボトボと歩く。絵に描いたような、トボトボである。私が朝ごはんを食べている時に、いつも家の前の道を歩くから私だけが彼を知ってる。名前は知らない。年齢も、職業も、どんな人かも、何も知らないけど、彼が心底仕事に行きたくない思っていることだけは知ってる。
彼の足取りは相当重く、後ろから歩いてきたおじいさんが彼を追い抜かす。今日はため息をひとつついたから、より、行きたくないのだろうと察する。がんばれ。朝ごはんを食べてる知らない人からの応援。彼は受け取ることは出来ない。さあ、ゆっくりはしていられない。私も動かなくては。重い腰を動かし、コーヒーをグッと飲み干す。歯を磨き、一通りの準備を済ませ玄関の扉を開く。すると、足に何かがズンっと足元に重くのしかかった。
やられた、と思った。
彼は私の家の前にトボトボを置いていったようだった。トボトボは私の足にくっついて離れない。寒いから、私の足で暖をとろうとしている。私の応援は受け取らなかったのに、彼はトボトボだけ置いていった。いや、落としたのかもしれない。
私はトボトボのついた自分の足を一心に動かした。今日が始まる。動かない足と正反対に私はハイテンポな曲をかけ、無理やりに動かす。私の足元にトボトボを置いていった今の彼は、もしかしたら驚く程に背筋を真っ直ぐと伸ばし、倍の速度で歩いているのかもしれないな。そう考えると少し可笑しくて私はふふっ、と笑った。
トボトボ、お前に負けてたまるか。今日も一日が始まる。

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