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【創作小説】土星の輪を徒歩で歩く

 とある日、私は透明で脆い膜を破り、世界へ踏み出した。
 ずっと小さな箱庭の中できらきらした世界を眺めるだけの存在だった私だけれど、ふりしぼった勇気のおかげで、とうとうそちらの世界の仲間になることができたのだ。
 私を彩っていたのはフリルがあしらわれた純白のワンピースと、ぴかぴかの赤いエナメルの靴。それからプラスチックの星屑たちと、着ているワンピースにそっくりな白のカーテン。
 くる日もくる日も、朝から晩までただ外を眺めるだけだった退屈な毎日から抜け出して、私はうまれて初めて、この赤い靴で石畳を鳴らすことができたのだ。
 しかし町行く人たちがうまれたばかりの私に向けるのは、畏怖の表情ばかり。声を掛けようにもみんな私からどんどん離れていってしまう。
 あの箱庭にいた頃はみんな、大人も子供もきらきらの目で私を見ていたのに。どうして、変わってしまったの?
 ねえ、私とお友達になって欲しいの。
「あらあら、とっても綺麗なお嬢さんね。どこにお住まいなのかしら」
 不意に向けられた柔らかな声に気付いて振り向けば、そこに立っていたのは毎日のように私を眺めにきてくれていたおばあさんだった。
「……家は、もうありません。出てきてしまったので」
「そうなの? こんなに可愛らしいのにおうちがないだなんて寂しいわね」
 おばあさんは他の人たちのように怖がることはなく、何の躊躇いもなく私に近付いてきて手を握ってくれる。
 あたたかい。みんなは無機質な私と違って、こんなのにもあたたかいんだ。
 じわりじわりとおばあさんの熱であたたまっていく体に合わせて、私のワンピースが裾から桃色に染まっていく。
 その様子を見たおばあさんは、ふふ、と小さく笑みをこぼしながら目を輝かせた。
「ねえあなた、おうちがないなら私の家においでなさいな。私ずっとね、あなたみたいな綺麗なお嬢さんと暮らしてみたいと思っていたのよ」
 おばあさんの目は輝きを失うことを知らないようで、ずっとそのまま輝き続けていた。それは箱庭で私を彩っていた銀河なんて全く敵わないくらいの輝きで。
 私は、小さく手を握り返すことでおばあさんの提案へ返事をしたのだった。

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