見出し画像

【創作小説】キミはだれより愛おしい

 俺の名前は日吉けい。18歳。この春に上京してきた大学一年生で、田舎の親からの仕送りとは別に遊ぶ金欲しさにアルバイトを始めた男だ。
 勤め先は、まさかのバー。アルバイト初心者にはバーでの仕事なんて厳しいのではと思ったのだが、街中で俺を一目見て「いいビジュアルしてんね。俺の店で働いてみない?」と口説いてきた男性の誘いを断りきれずにあれよあれよと言う間に働くことになってしまったのだ。
 俺をスカウトしてきたのは、俺より7歳年上の宮坂ゆうという名前の、少し長めの黒髪と顎髭が鬱陶しくない……それどころかとても爽やかな人柄の優しげな男性だった。
 宮坂さんはとても人懐こい上に人望があり、まだ経営者としては若いというのに彼のバーはいつもほぼ満席で盛況だ。重ねて彼の人柄もあってか客層は悪くなく、酒類を提供する場であるにも関わらず働いていてトラブルにあったことはないので、結果としてとても良いアルバイト先に恵まれたので宮坂さんには感謝している。
 そして宮坂さんのバーで働いて良かったと思うことが、もう一つある。それは、彼の幼馴染のとある女性と知り合えたことだった。
 遡ること一ヶ月前。俺は彼女と出逢った。
「いらっしゃいま……せ」
 いつも通り入口のドアベルを鳴らしながら入店してきたお客様へ目を向けると、想像だにしなかったビジュアルの人物がそこに立っていたので、俺は驚いてしまった。
 出勤してきた宮坂さんと共に入ってきたのは、一見するととてもボーイッシュな、前髪が重めのショートカットの人物だった。涼やかな目元がとてもかっこいい。
 最初は男性が一緒にやってきたのだと思った。決して小さい方ではない、身長が176cmの俺よりも背が高くオーバーサイズのシャツを着こなすすらりとした体型だったから。目測ではあるが、恐らく180cmぐらいあるだろう。
 今思うと、身長だけで性別を決め付けてしまうなんて最低な男だったなと思う。
「日吉くん。こいつはえる。俺の幼馴染」
「はじめまして、星野えるです。よろしくね」
「は、はじめまして。ここでお世話になってます、日吉です」
 自己紹介をされて、俺はすぐに相手が女性であることを悟った。ハスキーめのボイスではあったけれど、透明感があって美しい響きをした声だったのだ。こんなに耳が心地好くなる声があっても良いのかと、俺は胸をどきどきさせてしまう。カウンターに座った二人から注文を受け、俺はつまみメニューの調理にとりかかった。
 まだ20歳になったばかりだという星野さんは、とてもそうとは思えないほど気持ちよく大量のお酒を飲む人だった。飲んだグラスの数で察するに相当酔っているはずなのに、泥酔しているとは思えないほどに輝いた瞳をした星野さんがカウンター越しに俺の手を握って口説いてくるものだからたまらない。
「日吉くん、とてもかっこいいね。声も低すぎなくて心地好くて……惚れ惚れしちゃう。好き」
 星野さんの手は白く長い指が美しいのに妙に冷たくて、生きている人間ではなくお人形か何かなのではないかという錯覚に襲われる。しかしそんな手の温度とは裏腹に、まるで俺を口説こうとするかのような言葉と瞳は、とても熱い。
 それは、俺が彼女に惚れてしまうには十分すぎる出逢いだったのだ。
 今までの学生生活で何人かの女の子と出逢って付き合ってみたりもしていたけれど、心の底から美しいと思ったのは正真正銘、星野さんが初めてだった。
 あの日初めて触れた星野さんの手の感触を、俺はきっとしぬまで忘れられないだろう。
 その後年が近いこともあり男女の垣根を越えて仲良くなった俺と星野さんは、好きな音楽の趣味が被っていたことで何度か一緒にライブやカラオケに行ったり、彼女の飲酒に付き合ったりする仲になった。
 お酒を飲んだり好きなバンドの話をする星野さんの屈託のない可愛らしい笑顔を見ているうちに、俺はすっかり彼女のことが大好きになっていた。
 星野さんの家に呼ばれて二人でソファーに座り、彼女の晩酌が終わって世間話をし始めた時のこと。話題に出てきた動画をスマートフォンで見せようとすると、その画面を見ようとした星野さんが俺の腕にぴったりと抱きついてきた。すると胸のやわらかさが遠慮もなく俺に押し付けられて、どうしようもなくドキドキしてしまった。
 もしもこれをわかってやっているのだとしたら、星野さんは小悪魔すぎると思う。しかし、もし計算してやっているのならば、星野さんも絶対に俺のことが好きに違いないと、同時に思った。
 真実がどちらなのはわからないが、それまでに募らせていた星野さんへの想いが爆発しそうになってしまった俺は、彼女をストレートに口説いてみることにした。
「星野さんって、ほんと可愛いですよね」
「え?」
「めちゃくちゃ可愛いっす」
 素直に、日ごろ星野さんに対して思っていたことを伝える。
 星野さんは俺相手でも「可愛い」と言われたら、照れたりするのだろうか。それとも「知ってる」なんて言いながら、余裕そうな笑顔を見せてくれるのだろうか。
 ウキウキしながら星野さんの返事を待っていた俺だったが、答えは、そのどちらでもなかった。
「……今、なんて言ったの」
「え? 可愛いって、言ったんですけど……聞こえませんでした?」
「ひどい。日吉くんがそんな冗談をいう人だなんて思わなかった」
 俺は星野さんを褒めたつもりだったというのに、それまで美味しそうにビールを飲んでいた星野さんは強めにビールの缶をテーブルに置き、喜ぶどころかソファーの座面に置いていたクッションに顔を埋めて泣き出してしまった。
 何故。
 俺は一体、どこで間違えてしまったのだろう。
 ただ「可愛い」と褒めただけなのに、なぜ星野さんは今、俺の目の前で泣いているのだろう。
 一向に泣き止む気配のない星野さんの頭をおそるおそる撫でてみたけれど状況は変わらず、結局わけがわからないうちに解散を言い渡された俺は、その日はそのまま家に帰ることになってしまったのだった。

     *

 俺の言葉で星野さんが悲しんだことがどうしても理解できなかった俺は、宮坂さんに相談してみることにした。彼女を泣かせてしまったと知られたら宮坂さんに怒られてしまうかもしれないとは思ったが、俺はこのまま星野さんとの関係をうやむやにはしたくなかったのだ。
 そもそも俺は最初、宮坂さんと星野さんは付き合っているのだと思っていた。しかしどうやら二人は、付き合ってはいないらしい。本人たちにきっぱりと否定されたから、想像ではなく正しい情報だ。
 宮坂さん曰く、宮坂さんは星野さんの保護者の立場であるから、恋愛感情はないそうなのだ。
「相談って何?」
 アルバイト中にこっそり宮坂さんに相談を持ち掛けた俺は、仕事終わりに彼と二人でカウンターに座って話を聞いてもらえることになった。星野さんと向き合うためとはいえ、宮坂さんに話すのは勇気が要る。
 しかし俺は、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。
「あの、星野さんとのことなんですけど」
「だろうと思った。あいつに何か言われた?」
「星野さん、俺とデート……いや、一緒に出掛けてくれたり家に入れてくれたりするんですけど。その上俺にぴったり体を密着させてくれたりもするから、もしかして俺に対して好意を持ってくれてるんじゃないかって、思っちゃってて」
「うん」
「でもこの前、星野さんに可愛いって言ったら怒られて、そして……あの、泣かせてしまって」
「なるほどね」
「星野さんを傷付けてしまったことをめちゃくちゃ後悔してるんですけど、もしかして俺って……好かれてたわけじゃなくて、そもそも異性として見てもらえてなかっただけなんすかね」
「やっぱそうなるか。予想はしてたんだけど……。あのな、日吉くん。違うんだよ」
 カランと、宮坂さんが飲んでいたウイスキーのグラスの氷が軽快な音を立てる。
「えるは、自分を女性だと思ってないんだよ」
「どういうことですか」
 宮坂さんの言葉はシンプルなはずなのに俺には理解ができなくて、思わず聞き返してしまった。
「えるってさ、あの身長にあの声だろ? 俺はそれを美しいと思うし、きちんと女性らしい部分もあると思ってるんだけど」
 俺は静かに頷く。それは俺も常日頃から思っていたことだし、俺が好きになった星野さんの魅力の一つだと思う要素ばかりだったから。
「でもえるはそんな自分を女性らしくないと思ってるから、簡単に男に対してくっついたり好きだなんて言ったりする。それは〝男という生き物は女性じゃない自分なんかを好きになるわけがない〟と思い込んでいるが故の行動なんだよ」
「……だから、俺が可愛いって言ったら怒ったんだ。心にもないことを言ってるって思ったから……」
「そうだと思う。俺も前にえるに可愛いって言って怒られたことあるよ。くっつかれてドキドキしたこともある。でもえるにとって、それはあくまで友人としての愛情表現らしい」
 宮坂さんはそう言って苦笑いをしてから、ウイスキーが入ったグラスをグイッと勢いよくあおった。
「……日吉くんはさ、俺みたいに失敗しちゃダメだよ。好きなら好きってはっきり言ってあげて。えるにはそれぐらいしないと、通じないからさ」
 そう言った宮坂さんは、どこか寂しそうな顔をしながら俺の髪の毛をくしゃりと撫でてくれた。
 ……多分、宮坂さんは過去に星野さんに恋愛感情を抱いていて……そして、今もまだ星野さんのことが好きなんだと思う。それなのに星野さんの幸せを想って、俺に彼女を託そうとしているのだ。
 星野さんのためにあくまで自分は彼女を守る保護者になると決めたであろう宮坂さんのためにも、俺は星野さんに必ず自分の気持ちを伝えて、絶対に幸せにしようと決意したのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?