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デジタルと向き合う 歯科業界の未来


歯科業界の仕事はAIに奪われるのか?


2014年秋。

AIの研究を行っている米オックスフォード大学の若き准教授マイケル・A・オズボーン氏が「雇用の未来—コンピューター化によって仕事は失われるのか」という論文を発表した(らしい)。

コンピューターによる自動化が進むことにより、20年後の将来には47%の仕事がなくなるという衝撃的な内容だ。


新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延は図らずも時代を次のステージへと引き上げた。デジタルの飛躍である。

日本においては、行政のデジタル化の遅れが社会問題となり、先進国だと思っていた日本がデジタル後進国であったことが浮き彫りになった。


歯科業界も、今まさにアナログからデジタルへの変換期である。一昔前まで、レントゲンは撮影後に薬液で処理をしてレントゲンフィルムに出力することが主流であったが、現在ではデジタルレントゲンへと主役が変わりパソコン画面にレントゲン画像が映し出される。

また、歯型を取る作業についても口腔内スキャナーというデジタル技術へと移行が始まってきている。

その他、ほとんどの歯科治療において、何らかの形でのデジタル技術が応用され始めてきている。

特に、僕の主戦場である『矯正歯科』はデジタル激戦区だ。矯正歯科は悪い歯並びを整えることに特化した学問である。

『現在の歯のがたつきの量は何ミリだ』『現在前歯の角度が何度なので、この角度を何度にしよう』『現在横顔の印象は唇が理想的な位置よりも何ミリ出ているからこれを理想値に改善しよう』などなど。我々矯正歯科医はとにかく数字という客観指標が大好きなのだ。

この客観指標(数字)とデジタル技術の相性は言わずもがな抜群である。

矯正歯科におけるデジタル代表はデジタル技術をフル活用したマウスピース矯正だ。特に最も有名なものは『インビザライン』というシステムである。インビザラインは1997年にアメリカのアラインテクノロジー社によって開発され、日本には2006年に上陸した。15年経過した2021年現在でもマウスピース矯正のトップランナーとして業界を牽引し続けている。

僕が歯科医になりたての時、インビザラインの知名度はそれほど高くなかった。当時、大学病院の矯正歯科への入局を目指していたにも関わらず、恥ずかしながら僕はインビザラインの存在を開業医の友人から教えてもらった。その後もしばらく実物を目にすることはなかった。

時は進んで2021年。今では、患者さんの方から「インビザラインの治療はできますか?」と聞かれるようになっている。我々矯正歯科医は、焦ってインビザラインのシステム導入や知識向上に勤しんでいる。かくいう僕もほとんど経験のないインビザラインのために数百万円の口腔内スキャナーに設備投資をした一人だ。

このデジタル技術の急速な浸透により、この業界には明と暗がはっきりと現れた。

まず、『明』の部分としては従来のワイヤーによる矯正治療に『なかったもの』が面白いように実現できた点である。矯正治療中の見た目や衛生面の改善はもちろんのこと、画期的なデジタルシミュレーションによる治療ゴールの可視化により歯科医師と患者さんでビジョンを共有できることは、非常に革新的だ。

一方で、『暗』の部分は世間的な需要にエビデンス(医学的根拠)や現場教育が追い付いていない点だ。マウスピース矯正は単にアナログがデジタル化したものではない。デジタル文化により誕生した治療法であるため、アナログ代表の従来の矯正治療の概念は通用しない。そのため、手探りでの臨床応用は治療結果におけるトラブルとして『暗』の側面で現れた。
しかしながら、これについてはゆくゆくは解決されるはずだ。エビデンスや現場教育が徐々に追い付いてくる日も遠くない。


そしてここまでテクノロジーの進歩が早いとひとつの疑問が生まれてきた。


『歯科業界の仕事はAIに奪われるのか?』


業界全体に関して言うと、非常に難しいので明確な答えは僕にはないが、部分的にはAIにとってかわられる可能性があるのではないかと考える。実際すでに、歯科技工物などは完全デジタルで製作可能なものも多い。


僕は歯科業界の中でも矯正歯科を専門とするので、この領域に関しては自分なりの見解を持っている。批判覚悟で自分の意見を述べさせていただくと、

『歯科医師の仕事はなくならないが、矯正歯科医という肩書きは絶滅する可能性がある』

である。矯正歯科という領域は専門性が高く、一般歯科医にとってはなんとなく立ち入り難い領域のイメージがあった。しかし、インビザラインを始めとしたマウスピース矯正の参入により、その敷居は下げられた。今後もこの流れは加速し続け、後戻りすることはないだろう。

僕は以前、専門性に頼る歯科医に対する危機感を記事にした。

僕自身も現時点では矯正歯科専門歯科医という専門性を武器としているが危機感を強く抱いている。今まで専門性が高いと思っていた自身の市場価値が、テクノロジーの急速な進歩により奪われようとしていると感じるからだ。

更に言うと、近い将来『ライセンスさえあれば誰でも最高のクオリティの矯正治療ができる』時代が来ると感じている。『誰でも』だ。そこに、我々の意思介入の余地はなくAIにより支配される世界が待っているような気がする。専門医の価値はなくなる可能性がある。

この状況が訪れることは、本来非常に喜ばしいことで、こんなにも患者さんにとって素晴らしい世界はないと思う。どこにいても、どこで受けても最高の質が担保された治療を受けることができるのだから。

しかし、我々専門歯科医にとってはこの状況は恐ろしい状況でもある。正直、僕は医療者として患者さんの幸せを願う倫理感と自身の存在価値が失われる恐怖心とのジレンマで複雑だ。

ただひとつ言えることは僕らに託された使命は、デジタルと向きあい、ともに歩み、歯科医療の発展を止めないことだと思う。そして、望むべきは患者さん第一の未来であるべきだと自分自身に言い聞かせ、時代に飲み込まれないように柔軟な姿勢でデジタルの世界を受け入れたいと思う。


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今回、日本におけるマウスピース矯正の先駆者のひとりである尾島賢治先生の書籍を拝読し、随分共感できる部分があったため本noteの執筆に至りました。書籍は以下のリンクから購入可能です⇩

これからの時代を生きる歯科関係者全員が読むべき内容だと感じています。

最後に、書籍内の一部を引用させていただきます。

「AIに仕事を奪われるという危機感はあまり私にはありません。なぜなら、矯正治療は歯科医が頑張るだけでなく、患者さんも頑張るという側面があるからです。」
「医者と患者が一緒になって同じ目的達成しようとする行為が治療という行為です。そこに人間的な触れ合いがある限り、おそらく歯科医という職業はAIにとって代わられないと思います。」

執筆:矯正歯科医×ドクターK



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