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愛憎 #日記25

田舎に帰っている。

どんどん街から離れていく車窓から、人々の暮らしが見える。自然の息遣いが聞こえる。

田んぼに囲まれた農道で、夕陽に照らされる幼子をカメラに収める父親。
家の軒先でひとり、譜面台の前に立ちアルトサックスを奏でるじいちゃん。
体育館前に体操着姿で座り込み、おしゃべりに花を咲かせる中学生たち。
収穫してきた作物を庭先で選り分けるばあちゃん。
広大な田畑の中でぽつんと赤く目立っている耕運機。
誰かが野焼きをしているであろう、白い煙、草の燃える匂い。
光に透けて黄金色に発光する芒の群れ。
色褪せて塗装も剥げかかった小さなショッピングセンターの看板。
人っ子ひとりいない、だだっ広いグラウンド。
とんちんかんな表情の描かれた錆びた遊具。

面白い人がいるなぁ、とメモ書きのつもりで書き始めたはずが、だんだん内省的な気持ちになってしまった。

かつて私が歩いた道。
かつて私が暮らした町。
かつて私が見た景色。

訪れる頻度が落ちていくほどに、胸に去来する想いは複雑さを増していく。
都合の悪いことを無かったことにしてただ懐郷の情に浸ることができたなら、どんなにか楽だったろう。

小さな子どものような無垢な心でいたかったが、今夜私はこの身に鬼を宿さねばならないかもしれない。

一体誰のせいでこんなことになったのか。

問いかけたところで海や山が答えてくれるはずもなく、草木はただ風に揺れている。

すべては世の中の仕組みのせいで、誰が悪いでもなくただ仕方のないことだった、全員が被害者だった、そんな気さえしてくるのだった。

夕陽はいまにも山の稜線に沈もうとしている。日の短さが、秋の終わりを告げていた。

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