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『旅の系譜』

旅する前から行き先に関してどうでも良いと思っていたから行き先をコイントスで決めた。雨のカーテンが織り成す向こう側の野犬どもが体を弓のようにしならせ野鹿を追う姿に憧れ波間を漂う小舟の中で唸りをあげ野鹿に食らいつく夢を確かに見た。中国返還前の香港の安宿で白人の恋人同士が互いを罵倒し殴り愛し合うのを横目にチベットへ足を踏み出した。広州発の列車の中で向かいの席の爺婆の孫娘が口ずさむか細い歌声を聴きながら吹かした煙草を列車の窓から外へと投げ捨てた。煙草の紫煙がつむじ風に巻き上げられ視界から消えた。線路ぞいに咲いていた向日葵が真夏の日差しを浴びて風に揺れていた。日陰でたむろする男たちに目もくれず大股で国境を越えた。シクロと自転車の洪水の中でアオザイがはためいて過ぎ去っていった。BJトーマスの歌が聞こえてきそうな夕立の後夕焼け空をツバメとコウモリが飛び交っていた。雨季に差しかかったナムオウ川を逆登った。道中出会ったラオスの女たちにさよならを告げて。金色の穂が揺れる麦畑をタルチョはためく峠を越えてマラリア熱に浮かされながらデカン高原で花咲く黄色い花の花畑を列車の窓から目で追いかけた。大地を蠢く人々の怨嫉の声が聞こえそうだから人民解放軍の破壊の足音に追いつかれる前に盲流の群れの中を走り抜けた。ヤクと遊ぶチベット族が暮らす高原を北京ジープが走り抜け岩肌の一つ一つが観音の姿に変わる風駆ける谷の西から東へと走り抜けすり鉢の底へ行きたいと願う。つづら折りの道を下へ下へと降りていく。幻色したシルクロードの端くれの街を過ぎカラコロム山脈の麓を走りトライバルゾーンを抜けアレクサンダーの末裔の谷の樹木が葉を散らし踊り狂う女の姿に変わる頃、インドのバラナシを目指した。

僕の旅は26年後の今も続く。

From Annapuruna Nepal 1995

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