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『流刑地にて』

容赦なく降り落ちる熱を感じて、俺は頭上を見上げた。

太陽ではなかった。

石炭をくべた巨大な釜が火を吹きながらゆっくりと上空を通りすぎて行った。

火星の風景によく似ていると俺は思った。

黒光りした採石が敷き詰められている野原の上を線路が延びている。その先の景色は陽炎のように揺らいでいた。鉄でしか出来ていない腐食してにび色に輝く建物が、石炭を積んで走る列車の終着駅だった。

かつては東洋一の軍事産業基地だった、その名残であるらしかった。

終着駅では、死んだ魚と同じ目をした男たちがブラついていた。
その姿が熱を帯びた高炉の下で、幻のように揺らいでいる。

男たちは、どうやらブラついている訳ではないらしい。
子供でもこなせる工作じみた、仕事とは思えない仕事を大の男が数人がかりでこなしている。

男たちの行いは、明らかに狂っていた。
しかし巷では、それなりの稼ぎの人気の職業らしい。

男たちは考える事を放棄し、未来は必ず年金でどうにかなると信じきっていた。

あまりにも馬鹿げていたが。
その一員に成ることが、俺が裟婆で犯した狂犬じみた行いに対する刑罰らしかった。

尚且つ女が一人も居なかった。
俺にとっては地獄でしかなかった。

この刑務所では、社訓という名の掟をコーランのように唱える事を強要されたが、ニワトリ頭の俺は全く違う刺激を受ける一方だった。

退屈と残虐。
コロナウイルスと免疫グロブリン。
労働と解放。
戦闘と平穏。
刑罰と自由。
旅と女。
権力と追従。
・・・
加害者と被害者。
殺人者と逃亡者。
祈りと踏み絵。
探偵と依頼人。

俺は無意識の内に対義語にもならない言葉を呟いている内に、ようやく自分の本業を思い出した。

太陽、巨大な釜、火星、終着駅、刑罰、殺人、祈り。
そして探偵と作家。

俺は駄作をこの世に出した事を思い出した。駄作は駱駝の格好でクラウチングスタートをきるように滑稽な姿のまんま、日本中の書店に駆け出して行った。十万円の印税を残して。
見えない読者の度肝を抜くような、この世に存在しない考え事で、俺の頭は直ぐに一杯になった。

流刑地で俺は、見えない宇宙人を捜索する。
流刑地で俺は、刑務所長が犯人であると断定する。
依頼人は俺自身だ。
報酬は賃金らしい。
 
俺は世の中の仕組みを良く分かっているから、ピラミッドの下から上を睨み付ける事にした。それが事実を知る一番最高のポジションなのだから。

内偵調査は順調に進んでいる。
何故なら俺は俺の年齢の半分くらいのペーペーの若造の手元になれたのだから。

写真 小幡マキ 文 大崎航








 

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