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わたしのなかのわたしたち

夏風邪をひいて寝込んでいたときに、やることもないので気晴らしに映画をみました。『CODA あいのうた』という作品です。ネタバレを含みますが、映画をみて思ったこと、自分で自分を励ます必要についてなど、書いてみたいと思います。 

人々の励ましを得て夢に踏み出す

主人公のルビーは、海辺の街で暮らす高校生の女の子。お父さん、お母さん、お兄ちゃんと4人で暮らしていて、家業は漁師です。貧しいながらも仲良く暮らしていますが、少し変わっているのは、彼女以外の家族3人は耳が聞こえないという点です。

ルビーは午前3時に起きて父と兄と漁船に乗り込み、漁船でも港でも立ち働いています。家族とは手話で話し、漁協の関係者との通訳もしています。

漁船ではガンガンに音楽を流し、大声で歌っています(父と兄には聞こえませんから気楽です)。ルビーは、歌うことが大好き。でも、家族の境遇から歌の道を諦め、家族と共に暮らす決意を固めます。

助けてくれる人のすばらしさ

ルビーの才能を見出したのは、ちょっと変わり者の音楽の先生でした。彼女が音楽大学の進学を諦めたことを「間違いだ」と最後まで主張します。でも、ルビーの決意は変わりません。

流れを変えたのは、お兄ちゃん。年齢も近いのでハードな悪態を付き合う兄妹関係ですが、お兄ちゃんが渾身の手話でぶちまけていた思いを僕なりに要約しちゃうと、

「お前が家族の犠牲になってここに残る? ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ! クソ生意気な妹が!」

みたいな感じで、彼女が夢を諦めることを許しません。表現はハードなのに、愛が溢れていて泣かせます。そのうちに、両親も学校行事で歌う彼女の様子、そして感激して歌を聴く聴衆の様子(彼らは聞こえないので、そうして推し量ります)から、そこにある特別な何かを感じ取ります。

結果的に家族みんなの助けと励ましを得て、ルビーは夢に向けて大きな一歩を踏み出すところで、映画は幕をとじます。序盤で結末が予想できる映画なのですが、愛のある細やかな描写がよかったです。

助けてくれる人がいない時は…?

この映画をみて、僕は思いました。

みんながルビーを助けてくれてよかった。ルビーは、みんなに助けてもらえて、本当によかった。でも、そうした助けが得られないことだって、世の中にはふつうにある──。

ちょっと変な話になっちゃうんですけど、もし助けてくれる人がいないなら、助ける側の役割も自分でやるしかないし、そうするといいと思うんです。
変わり者で厳しさと肝要さを持ち合わせた先生、愛のある悪態で励ましたお兄ちゃん、心配性で自立心に欠けるけど溢れる愛を注ぐお母さん、子どもみたいな純真さで本音の自分を生きるお父さんなど、いろいろな「私のなかの◯◯さん」を動員するのです。

わたしのなかには、大勢のわたしたちがいる。困ったときには、みんなでがんばる。助けてくれる人がいるのは素敵だけど、いないときには、こんな考え方もありだと思うのです。


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