2023.10.10 6:50pm
感傷に浸るための心も
感傷に浸るための体も
どっちもすっかり眠ってしまっているのに
冷たい秋の夕雨が
無理やり感傷を引き出そうとするんです
故郷の駅 ホームに降りて
ただぼうっと立ってたら
風に乗って 甘い稲の香りが吹いてくる
それだけはわかりました
幼い頃の夜にしかいなかった生き物めいたものが
ふわっと 視界の端を通り過ぎる気配がして
けど
それだけです
濡れた石の階段 金属の手すりの光る水滴
ゆっくりと たぐるように ぼくはのぼり
思った以上の冷気のなか
頭は少しだけ冴えてきて
けれど
ちがう部分がずっと眠ったままでした
何年も湿気に蝕まれた蛍光灯が
たよりなく
灯りを落としている小さな待合室に
ふと
霧深い朝の登校風景を思い出して
胸がきゅっとしました
向こうに白く光っていたのは
小高い山に囲まれた湖です
聞こえないはずの水鳥の羽音です
電車を待つ人たちの静かなシルエット
朝の一部
霧の向こうからヘッドライトが近づく
汽笛が鳴って
水鳥が飛び立ち 人々が顔を上げます
そういう
一枚一枚の映写のように
重ねられた大事な追憶
白い霧のなかで 晩秋の太陽は
未来という時間の正体を
うやむやにしていました
ただ感傷的な心だけは
過敏に目覚め続けていて
そのぶん体のほうは
学校のある町につくまで
いつも力尽きるように
眠っていた
それだけです
意味なんてもう無い
幻は去ります
ポケットに
新しい着信が来ます
ぼくは
寝言のように何か返事をしました
自分自身
寝言のように何か言ってんなぁと思いました
信号機の灯りが
濡れたアスファルトに反射して
ぴしゃぴしゃと瞬いても
ぼくは何も思わないようにしました
何も
思わないようにしました