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バーバーババア開店

春休み終わりも間近の平日。
我が家で「バーバーババア」が開店した。

「バーバーババア」とは、我が家の中にのみ存在する、子ども向けのヘアカットサロンのことだ。
オーナーは、私。
バーバーは床屋を意味する。
ババアは、そのまんま、ババアである。私のことである。

バーバーババアです。

自虐的に、自分でババアと言っているだけなのだが、妙に響きが良くて、家庭内で定着してしまった。
弊社は、基本的にお金を取らない(美容師資格がないので当たり前だが)。
ただし、相手の望む髪型にできる可能性は3%程度と、限りなく低い。

そんなバーバーババアは、なぜ誕生したのか。
もともと、子どもたちが小さい頃から、オーナー(わたし)はヘアカットに対応してきた。
ところが長男は中学に入ってから、近所の床屋を利用するようになった。
プロに任せた方が、色んな意味でそりゃ安全だろう。
これで、長男のカット役はお役ごめんになったのだと思っていた。
ところが、そうは問屋が下さなかった。

「あーしてほしい、こーしてほしいって、知らない人に頼むのが嫌なんだよ」
3学期のある日、眉間に皺を寄せながら、長男が訴えてきた。
オーダーを伝えるのが面倒なのだそうだ。
そうはいっても、好みの髪型はあるだろうし、それを伝えなければ、思い通りの髪型にはならない。
「だからさ」
上目遣いで、私を見上げる。
「お母さんが切ってよ」

せっかく隠居しようと思っていたのに。
また現場復帰しなければならないのか。
中学生男子の流行りの髪型なんて、まったくわからないぞ。
そんな思いが、私の頭の中を駆け巡る。
「プロの美容師さんに任せなって。むりむりむりむり」
私は徹底抗戦した。

ここまで長くはないけれど。

よくよく長男の首から上を見てみると、伸ばしに伸ばしまくった、ボサボサヘアーが頭の上に乗っかっている。
後ろはゴムでくくれるくらいの長ささで、見るからに重そう。
始業式までに切らなければ、バンダナ巻いてやるから覚悟しろ、と塾の先生に言われたそうだ。

面倒臭がらず、床屋か美容院へ行きなさいよ……そう言おうと思ったら、長男は「息子が可哀想だと思わんのか」ばりの目線を、こちらへ投げかけてくる。
ズルいぞ、それはズルい。こすい。

はあ。
もう、仕方ないか、と私も諦めた。

カット前に、契約書がわりの連絡事項を伝える。
「一応オーダーは聞くが、そのとおりになると思うな。クレームは一切受け付けない。寸志なら受け取ってやる」

長男は半分顔がひきつっていたが、まぁこれぐらいは飲んでもらわないとね。
「わかった。いいよ」
結局、長男の押しに負けて、バーバーババアが再開することになった。

バーバーババア、始まる

バーバーババアの開店準備が始まる。
まずは客にケープをかけ、45リットルのゴミ袋を開いたものを、腰回りに巻きつけて準備する。
退屈を感じただけでもクレームが来そうな客なので、Spotifyで音楽も流しておく。「しゃろう」が好みらしい。
カットバサミとスキバサミ、クシとヘアピンも用意したところで、カット開始だ。

お前を丸坊主にしてやろうか

最初にオーナーが予想したとおり、実にクレームの多い客であった。
カット中も、数ミリ短いだのここは長さを残せだの、あれこれ注文をつけてくる。
本物の美容院じゃないと思っているからか、言いたい放題だ。
左は短く右が長い異様な状態の髪型で、このまま閉店にしてやろうかと思った。

カットし始めてから30分ほどで、なんとか仕上がった。
鏡を見た長男は、上から目線で「うん、悪くない」と満足そうにしている。
クレームの多い客対応を終えたオーナー(私)は「またのお越しをお待ちしておりまーす……」と、心にもないセリフを言って、バーバーババアを早々に閉店した。

子どものヘアカットは、簡単そうに見えて結構難しい。
2歳や3歳の子なら、パッツン前髪になっても愛嬌があってカワイイね、ですませられるが、思春期男子はそうはいかない。
いやはや、美容師さんって、ホントすげぇやぁ……と感じた1日だった。
次こそは美容院か床屋へ行ってもらうぞ。

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