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フライングマン

おこんばんわ。

noteでちまちま文章を書くようになり、他人の書いた記事を暇があればなんとなしに徒然と見るようになった。
そんな中で、思ったことがある。


MOTHERのNPCのような、目立たなくともなんとなく心に残る親しみやすさのある記事を書きてぇな。と。


ビューとかスキとかなくていいんだ。ただこのnote界隈の1NPCとして、通りすがりの誰かがふと覗き込んだときに、私という個人の感性を感じてくれればそれでいい。

そんな小さな目標である。


そして、MOTHERのNPC的な感性を磨くため1から周回している最中だ。
そして、わたし、今マジカントにいます。


マジカント。良いステージだ。
夢のような国だ。BGMも素晴らしい。めのうのつりばりで戻ってくる度に、ずぅっとここにいて帰りたくないような気持ちになる。


そして、クイーンマリー城の裏手にある一軒の家には5人の鳥人兄弟、フライングマンが住んでいる。
 一番好きなキャラなんだ。


 ファミコン世代ではないので、初めてプレイしたのはwii移植版で高校生のときだった。20年前のゲームとは思えない斬新で新鮮な発想、独特なキャラ、テンポ良く印象深いBGM、どれもが私を虜にした。


その中の1つの要素がフライングマンだった。もう高校生だったが、かなり衝撃を受けた。


彼らは、話しかけると勝手に仲間となり、私と共に戦い、身代わりとなって傷つき、回復もできず、死ぬ。
死んだ!と思って申し訳ない気持ちで兄弟に話しかけると、また同じイベントが発生する。


彼らが死ぬ度に家の前に1つづつ墓が増え、最終的に誰もいなくなる。不可逆的で、悲しく罪深いイベントだ。


それでもわたしはプレイする度に彼らに話しかけずにはいられない。
彼らは、そのためにうまれてきたのだから。
私の血肉となり、内なる力となり、善なる心となり、勇気となり、大いなる悲しみとなる。私の永遠の下僕。


なんて愛おしく悲しい兄弟なのだろう。逃れられない死の運命だとしても、彼らと共に過ごしたマジカントの時間は、唯一無二だ。
何度繰り返しても、わたしはあなたたちに話しかけずにはいられない。


さあ、また一緒に冒険しよう。



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