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【短編小説】姉ちゃんはこじらせてる

 母さんいわく、常子姉ちゃんはこじらせているのだそうだ。正直、ボクには「こじらせている」っていうのがどんなことなのかわからない。
 常子姉ちゃんというのはボクのいとこで、遠くに住んでいるとても年上のお姉ちゃんだ。一人っ子のボクにとって、あまり会えない親戚でも姉ちゃんのと呼べる存在がいるのは嬉しいことだし、最後に会ったのもボクが小学一年生の頃だから、どんな人だったかもう忘れてしまった。
 ただぼんやりとした記憶の中で姉ちゃんは、大人たちとはあまり喋らずに、ボクだけに優しかったことだけ覚えている。姉ちゃんはすごくて、ボクが欲しいものも何でも持っていて、知りたいことも何でも知っている。ゲームもSwitchだけじゃなくってPS4も、ゲーム用のパソコンも持っていた。だからスプラトゥーンのことも、マイクラのこともたくさんお話できたし、立ち回りや隠しアイテムの場所もたくさん教えてもらえた。ボクはとっても嬉しくって、家族のみんなに自慢しようと思ったら姉ちゃんから「喋った内容なんだけど、おばさんやおじさんに言わないでね。色々面倒なんだ」と、口止めされてしまった。だから一緒に遊んだ思い出は、姉ちゃんとボクの秘密なのだ。

 そしてお正月が来た。姉ちゃんが来るかもしれない、と数日前に聞いてボクはずっとソワソワしている。でもこの感じは悪いヤツじゃなくて、嬉しくて空回りしているようなそんな気分。とても変な感覚だ。
 お昼過ぎに玄関でチャイムが鳴り、親戚たちがボクの家にやってきた。「明けましておめでとうございます」という言葉がいくつも聞こえてきて、結構大人数だということを知る。そして冷たい外の香りとともに、みんなが入ってくる。いちおう、ボクも礼儀というものをやってみようと「明けましておめでとうございます」と頭を下げる。おじさんおばさんは、「あらぁ、大きくなって」と笑顔。そしてお年玉を渡してくれた。「ありがとうございます」と言いながら、そりゃ小さくなるわけはないと思っていた。それよりも姉ちゃんはどこだ。

 見知らぬ女の人が入ってきた。「いえ、お気遣いなく」と知らない男の人と一緒に。「すっかり綺麗になって」と母さんがその人に言う。
「ね、常子ちゃん」
 え? 嘘だろ。あの人が常子姉ちゃんだって? 目の前に居るのは、よくいる大人の女の人だ。とてもじゃないけど、ゲームをやったりアニメを見たりするようなかんじじゃない。ちゃんとおじさんやおばさんともお喋りをして、何ならすこし楽しそう。しかも男の人が隣に居るし……っていうか、この人誰?
「あら、久しぶり。元気にしてた? 私常子だけど、覚えてる?」
 このパターンは何も考えていなかった。一緒にスプラトゥーンしたり、ポケモン交換したりするつもりだったのに。なんだこの苦しい感じは。
「覚えてる、けど……」
 胸の内に煙のような嫌なものがどんどん膨れ上がってきて、その場所にいるのが無理になってしまった。ボクは一目散に自分の部屋に逃げ込んだ。なんだかとっても、苦い。こんなの、ボクだけが置いていかれたみたいじゃないか。

 はっきり言って、クソみたいな正月になってしまったと思っていた。みんなが集まっているのに、こうして部屋にいることが情けないし、どうせこの後怒られるんだろうな。居間にSwitchも置いてきちゃったしやることもない。どんよりとした気持ちで、ベッドに寝っ転がり天井を眺めていた。
 数分くらい経ったころ、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。「常子だけど、入って良い?」
 ボクはうん、と言い、どうにでもなっちゃえという気分でベッドの上に座った。
 姉ちゃんが部屋に入ってきた。それでも知らない人のような気分なので、ボクはただぼーっとしていた。
「……なぁ、少年よ。きみは私を忘れてしまったのかね?」
 あれ、この感覚なんなのだろう。そうか、姉ちゃんはボクのことを少年と呼ぶ唯一の人間だった。
「そりゃあ、令和の世で三十路を超えた人間が上手く擬態を操って生きた方が楽だということはこの数年で学んだよ。しかしきみ、あまりにもルッキズムが過ぎないかい? あ、見た目的にこいつ脱オタして、ボクだけ置いて行かれたみたいな表情を浮かべてさ」
 ぽかんとボクは口を開いた。そして形のないポカポカとした感情が押し寄せてきて、ぎゅうっと泣きそうになった。
「ほら、お土産だよ」
 姉ちゃんはボクに紙袋を渡した。そこには『ポケモンカード スターターセット』と書かれたボックスが入っていた。
「なあ、少年。私とポケカをしようじゃないか。大人たちは取り合ってくれなくてな」
 顔を上げると、確かに常子姉ちゃんがいた。あの日と変わらない、ボクだけが知っている姉ちゃんの顔。ぜんぶ忘れてしまった気がしたけど、いまぜんぶ思い出した。
「お年玉ももらったようだし、ちょっと出かけようか」姉ちゃんは、なんだかボクより年下みたいに笑った。

 向かった先は、近所のカードショップだった。正月なのに開いており、中にはボクと同い年くらいの子から大人までたくさんの人がショーケースを眺めていた。
「少年、金というものはむやみに貯金をすれば良いというものじゃない。経済を回してこそ、本来の価値が発生するのだ」と、小難しいことを言っていた。相変わらず変な人だ。母さんは貯金することが大切だと言っているのに。
 姉ちゃんはレジに向かい、カードパックを指さした。「とりあえずきみはこの拡張パックを好きなだけ買ってみな。パック剥ぎの快感を覚えるがよいよ」
 何も分からなかったので、とりあえず三パックほど買って近所の公園へ向かった。その間も姉ちゃんはニコニコしていた。そして一緒にブランコに乗って、せーのでパックを開けた。
 四枚目にキラキラとホログラムのカードが出てきた。
「わっ、グレンアルマだ」
「えっ、まじかよ。ぎゃ、しかも特性持ち!」と興奮する姉ちゃん。顔が近くてちょっと恥ずかしい。「わあいいな、何かと交換してほしい」と姉ちゃんはケースから手持ちのカードをゴソゴソと探り始めた。
「じゃあさ、このナミイルカ&イルカマンをプレゼントしよう」
「なんでイルカマン?」
「え、なんかキッズ好きそうじゃん。イルカマン」
「それも偏見だよ」
 あはは、と笑う姉ちゃん。ボクもなんだか嬉しくて、まあいいかと交換することにした。詳しくルールも分からないし、笑っている姉ちゃんの顔をもうちょっと見たくなったから。

 その後、家に帰って姉ちゃんとポケカをやったのだけど、ボコボコにされたのは言うまでもない。それにしてもグレンアルマの特性「ひおくり」って何なの? ズルすぎない?
「精進せよ、少年。きみにはまだお年玉が残っているじゃないか」と、姉ちゃんは笑顔で勝利宣言をした。そして続けて「あと2月に近所へ引っ越してくるのでよろしくな。うちPS5もあるから」とも言った。

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