私の名前は 恋汐りんご

第3話  6RESPECT


どんどんボルテージが上がる会場。

コロナの影響で、歓声やいわゆるコールは禁止されている。
その代わり、会場内はファンの手拍子が唸りをあげている。

その手拍子が否応なしにメンバーの緊張感を高めていく。
しかし、保、いや、汐りんの顔には緊張の色は見られない。

むしろ、自信がみなぎっているようだ。目が輝いている。

ついにライブの始まりだ。
汐りんがステージに向かう。

メンバー、マネージャー、スタッフ一同も、ファンの反応が気になる。
当然だ。メンバーの目に写っているのは、汐りんのコスプレをしたおじさんだ。
いや、女装したおじさんである。
女装をしたおじさんが、大切なファイナルのステージに立つなんて、前代未聞もいいところだ。
アイドル史に一生残る汚点になるかもしれない。

汐りんの登場だ。
♩汐りーん ゴーゴー!汐にぃ 恋しよ?
保改め汐りんは、軽快に踊りながらステージ中央に立った。
汐りんは、ステージ上から詰めかけたファンを見渡した。
汐りんに流れる全身の血液が沸騰している。
自分を照らす照明にクラクラしている。
しかし、それは例えるならば武者振るいのようなもの。

この世に生まれ落ち、50余年。
これほどまでに全身の毛が逆立ち、顔が紅潮した覚えはない。

今、自分は確かに生きている。

汐りんはその喜びを全身で表している。

その姿を最前列で観ていたファンはマスクの中で呟いた。
「今日も汐りんは輝いてるな、、いや、いつも以上に鬼気迫るオーラのような物を感じる、、」
会場の至るところにいる恋汐りんごファンも同様の感想を抱いたようだ。

汐りんの登場で一際盛り上がったホール。メンバー全員がステージ上に揃い、暗転する。

メンバーがステージ中央に集まる。
メンバーは暗転している中、お互いがお互いの顔を見合っていた。
「な、なんでみんな気付かないの?どう見ても汐りんじゃないよね?」

ドラムセットに座ったみさこは、メンバーだけにギリギリ聞こえるボリュームで言った。

「これがアイドルの、人間のパワーだよ!」

さっきまで疑心暗鬼のど真ん中にいたメンバー達の顔が一気に晴れた。
そうだ。これこそがバンもんが追い求めていたものだ。
自分らしさを追求し、自分たちがなりたい女の子になる。
今まさに汐りんになりたかった50男が体現して見せたのだ。

みさこは観客に向かって第一声をあげた!
「キメマスター!!!」
ファンがペンライトを振る!
恋するりんご色の波が目の前に広がる。
決して発せられていないはずのファンの声が聞こえる。

ライブ前、まだ汐りんが保だった頃、
岩田マネージャーに言った「歌唱パートもダンスも完璧です」と言ったことに嘘はなかった。

順調にセトリを消化していく。

汐りんがまだ保だった頃のお気に入りの曲、6RESPECTだ。
メンバーがメンバーを紹介する楽曲で、それぞれの見せ場がある。
汐りんの見せ場は1番最初。
みさこが歌に乗せて汐りんを紹介する。

ステージの中央、汐りんは手足を大きく振りながらダンスをし、ファンの振るペンライトに応える。
保は完全に恋汐りんごになった。ホール内の全員の目の前には恋汐りんごが当たり前に立ち、踊っている。ただ一人を除いては。

そう。楽屋からモニターで見守ってくれている本物の恋汐りんごだ。
その目には涙が溢れている。

「たもつん、カッコイイなのな。もう立派なアイドル屋さんなのな、、」
汐りんの頬には涙が流れ落ち、楽屋の蛍光灯を反射させている。

メンバーが同時に拳を突き上げる。
「汐りん GO GO!
      汐りん GO GO!
  しーおりん!GO! しーおりんGO!」

と、同時に楽屋では嗚咽を漏らすほど泣いていた汐りんも大声で歌って拳を突き上げた。
「たもつん GO GO!
      たもつん GO GO!
 たーもつん! つん! たーもつん!つん!」




MCの時間だ。
歌とダンスは家で練習出来るが、MCはそうはいかない。
アドリブだってあるだろう。

舞台袖で、ぐみが話しかけてくる。
「ねぇ、汐りん、だいじょぶ?ぐみはMC苦手だから、汐がリードしてくれる?」
「大丈夫なの!ななせいは汐に合わせてくれればOKってわけ!」

「みなさーん!汐たちが今年の目標を発表しまーす!そしたら、みんなは立ち上がって拍手してほしいなのな!声は出しちゃダメなのな!」

汐りんの号令に合わせて、立ち上がるファンの光景はまさに圧巻である。

そして、汐りんが今年の目標を発表する番だ。
「汐はぁ、今年から噛んだら「にゃん」って可愛く言うのが目標なのなー」
一斉に立ち上がる会場のファン。
ぐみも満足そうだ。

楽屋では、汐りんが笑顔を見せている。
「勝手に宣言したなのなぁ。しょうがないなのなぁ。しょうが!」満更でない姿に、様子を見にきた岩田マネージャーも笑顔で返す。


最高の時間はあっという間に過ぎる。

アンコールも終わり、ライブは無事終了した。
楽屋に戻る道中、ゆずは「汐りん最高だったよ!」桃子も「マジでバイブス上がったよ!397!」
次々に汐りんを称賛する声があがった。

もちろん、みゆちぃ、ぐみ、みさこも同様の声を汐りんに贈った。

「いい夢見させてもらったなのな!」
やり遂げた。汐りんはやり遂げた。
全身を汗で濡らしながら、楽屋に戻る。

楽屋では、汐りんが出迎える。
汗だくな汐りんと、汐りんがハイタッチを交わす。
「最高だったなのな!」
お互いが全く同じ言葉を同時に発した。
周りのメンバーも笑顔で見守っている。

みさこが「えー 打ち上げしたいなぁ、、えー、打ち上げ、、、」
コロナ禍では打ち上げも難しい。

メンバーが全国を回ったツアーの余韻に浸りながら、チェキ会に向けてメイクを直す。

その傍ら、汐りんは衣装を脱ぎ始めた。
衣装を脱いだ瞬間、まるで魔法が解けたように、汐りんは保に戻った。

「え?たもつん、、じゃなくて、汐りん、この後チェキ会だよ?」ぐみは、メイクを直しつつ、鏡に近づいたり離れたりしながら保に話しかけた。

保は言った。「いや、自分の役目は終わったから。チェキ会は座りだから、汐りんいけるよね?」

「そりゃ、いけるなのけど、今日はたもつんが汐なのな?」

「いや、俺はもうただのおじさんに戻ったんだ。魔法は解けたんだよ。
それに山梨に帰らないと。」

メイク直しをしていたメンバーも立ち上がり、保を見送る。
一人一人握手を交わした。全員がやりきった保を称賛した。

みさこは、みんなに目で合図した。
みんなが頷く。保も頷く。

「私たち!ノーリミット!ラブ&ピース!バンドじゃないもん!MAXX NAKAYOSHI !でした!!!」


第4話に続く。

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