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感電痕/TaiTan (Dos Monos)【連載エッセイ「わたしとラジオと」】

インスタグラマーや作家、漫画家などどさまざまなジャンルで活躍するクリエイターにラジオとの出会いや、印象的なエピソードをしたためてもらうこの企画。初回はHipHopユニット「Dos Monos」のラッパー TaiTanによる電撃的なラジオとの出会いについて。

感電痕

「まーくん、ちょっと」

中学初めての夏休み。母が私を居間に呼びつけた。
その名前で呼ぶなよ、なんてありきたりな私の憎まれ口を無視して、彼女はそれを告げた。

曰く、祖父が背負った莫大な借金の余波が、私達にまで及ぼうとしている、とのことだった。努めてフラットに事実だけを伝えようとする話ぶりが、かえって私を警戒させたのを今でも忘れない。これは深刻なことになる、まーくんこと12歳の私は直感した。果たして、少年の勘は的中し、その夏以来、私達の家庭は急激に衰弱することとなった。

一家の財政難は、わかりやすく関係の磁場を乱してゆく。
夜毎に両親の些細な口論は増え、思春期特有の兄弟間断絶は深まり、そうした不調和全体に対する被害者意識をこじらせた末っ子の私は自室の壁に膝蹴りを入れ、大穴を開けた。愚か者なりに、どん詰まりの暮らしの脱出路を作りたかったのかもしれない。

私が“ラジオの帝王”と出会ったのは、そんな折のことである。

その日、iモードを見すぎて眠気を失った私は、ほんの好奇心で自室に転がるコンポの電源を入れてみた。適切な操作もままならないまま、いたずらに電波チューナーを弄っていると、突如私の耳が異物を捕らえた。

声の主は、“サワラ釣り”の話か何かをしていたように思う。正直、つぶさには覚えていない。ただ、デタラメにネタを展開させながら、フリージャズの名演のようなグルーヴを帯び続ける彼の話芸に、耳を奪われたのはたしかである。

私は完全に、感電していた。
壁に大穴を開けるだけじゃ決して得られなかった快楽が、自身の不遇を愚痴るばかりで酸化しきっていた身体の細胞ひと粒ひと粒を蘇生させた。
さらに、その怪電波の声の主が、伊集院光というよく知ったタレントだと判明した時も、世界のB面を垣間見たような気がして、私の興奮を加速させた。

954 kHz。

偶然チューニングが合っただけの因果だが、その日から、この数字は私の人生で特別な意味をもつようになる。以降、私は、兄との断絶やぶち開けた壁の穴を埋める代わりに、954kHzから流れてくる電波で耳を塞ぐようになった。爆笑問題カーボーイを、東京ポッド許可局を、タマフルを貪り聴きながら、現実を茶化すユーモアを、屁理屈を学問する知性を、カルチャーの奥行きを楽しむ技術を、学んだ。あるいは、それら全体を包み込む心の構えを「業の肯定」と表現することも、この電波を通して知った。

あれから、15年。
12歳のまーくん少年は、27歳となり不遜にも“タイタン”を名乗るラッパーとなった。
当時と今とでは、身を置く環境や悩みの性質はまるで違うが、この見えない電波から受けとったさまざまな金言は、現実のしんどさを切り抜ける具体的な武器に変わり、私を支え続けている。

あの夜の感電痕は、肌の薄皮一枚めくった裏側にしっかり残っている。
これさえあれば、私は大丈夫、根拠はないがそう思えるのだ。


llustration:stomachache Edit:ツドイ
(こちらはTBSラジオ「オトビヨリ」にて2021年4月5日に公開した記事です)