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読書感想文 寺地はるな 川のほとりに立つ者は

傷ついて、ボロボロになった人間は
それを救おうとする善意の人から差し出された手を
とらなければいけないのか?
拒んではいけないのか?
その手をとって、感謝しなければいけないのか?

誰かを救うなんて、思いあがった行動は迷惑だ!
私を救おうとするなんて、ちゃんちゃらおかしい……
そんな風にしか考えられない傷ついた人がいるなら

それは、寂しすぎる……
それは、ひねくれすぎている……
って言うことができるだろうか?

そんな気持ちになる読後感でした。

2023年本屋大賞ノミネート作品でしたね。

ネタバレ、あらすじありの読書感想文です。

カフェで働く清瀬は、つきあっていた圭太と喧嘩して家を飛び出した。
もう、半年くらい圭太に会っていない。
そんな清瀬の元に、圭太が階段から転落し、意識不明だと知らせがくる。
圭太の親に連絡しても、関係がないと言われてしまう清瀬。
圭太の部屋で見つけた物から、圭太が隠していたことがわかり、喧嘩の原因も清瀬の誤解であったことがわかる。
そして、徐々に真実が見えてきた……
圭太と幼なじみの樹、そして樹が焦がれる天音。
善意や優しさを受け取れない人間がかき乱す「当たり前」の世界。
川のほとりに立つ者は水底に沈む石の数を知りえない。
人を理解することなど、本当はできないのかもしれない……

自分にとって当たり前なこと、普通にできること。
それが、自分以外の人にとって、当たり前であるか? 普通であるか?
などということを常に意識して生きていませんよね。
でも、自分にとって当たり前なことが、当たり前ではない人がいるのだということに気づくことは、大切なことかもしれません。
そうすれば、簡単なことができない相手のことも尊重することができる……?

本当に、できるでしょうか????

一緒に仕事をする相手が「使えない人」であることを、それを理由に我慢できるかどうかはまた、別の話ですよね。
一緒に仕事をしている相手が、失敗ばかりするのならイラつくだろうし、批判したくもなる。それが、相手にとっては簡単なことではないにしても、一般的には簡単なことなのだから。
いい加減にしてよ! そう思ってしまう。

でも、他人が当たり前にできることを、できない側の人間であったら。
自分のせいで、周りがイラついているとわかっていたら。
理解してくれる人がいたとしても、何らかの罪悪感にさいなやまされてしまうかもしれません。
自分がそちら側の人間なら、苦しいだろうなと思います。

大体、当たり前って何?
「当たり前」って自分の物差しで測ってしまう世界。
「当たり前」って世間の物差しで測ってしまう世界。
でも、「当たり前」だって変化していく。
たとえば、コロナ禍前の当たり前が、コロナ禍中の当たり前じゃなくなった。コロナ禍後の当たり前がコロナ禍前の当たり前に戻るわけでもない。

あやふやで、モヤモヤした「普通」とか「当たり前」とかいう感覚。

この物語を読んでいると、登場人物のモヤモヤした感情に翻弄されます。

そして、もう一つ印象に残るのは、誰かを心配し、助けようとする人物の思いや行動が、助けられる人物の思いとはすれ違う場合があるということ。

この物語を読んだ時、私は、天音という登場人物の考え方がひねくれていて嫌いだなあって思っていました。
まあ、すごく嫌な人間であることは間違いないです。
まるで、共感できないと思っていました。

でも先日、テレビを見ていて、ふと気づくことがありました。

誰かが誰かのことを助けようとするってことは、相手を心配しての行為なんだと思います。けれど、それは本当に心配しているかどうかによって大きく違ってくるなあって感じます。

先日生前の樹木希林さんの映像が流れていたのですね。
そこで、とても印象に残ったシーンがありました。
樹木希林さんが、「全身がん」と発言した後、マスコミが心配して押しかけるんですね。レポーターは樹木希林さんに、状況を聞こうとします。
ファンの皆さんが心配しているって言うんですね。
そんな、レポーターに樹木希林さんは言います。
「私がいつ死ぬか知りたいんでしょ。でも、わかんないのよ」
レポーターは否定しながら食らいついていましたけれど、心配しているという建前で取材している卑しさが見てとれました。
お元気そうに見えても、病に苦しむ相手を本気で心配していたら、できない行為だものなあ……でも、お元気そうに見える樹木希林さんだからこそ、「本当だろうか?」という疑いの心や、好奇心を持って取材をしているくせに、相手を心配しているという善意をふりかざすレポーターの姿が随分醜く見えました。
それに対してずばりと言ってしまう樹木希林さんの態度から、覚悟を決めた人の強さが感じられました。
人間の出来が違う。凄いなあって感じました。

ということでね、本気で誰かを心配するって覚悟のいることなんだなあって気づいたわけです。中途半端な心配心で、相手を助けたいなんて考えることは、もしかしたら卑しい気持ちなのかもしれない。
この物語でも、清瀬は清瀬なりに本気で天音のことを案じているように思うけれど、その思いが天音に届かなくても仕方がないのかもって、ふと感じました。そう考えれば、天音の言い分にも理解できる部分はあるかもしれません。

でも、天音も清瀬もどちらも、好きな人ではないな、やはり。

私は、物語としてはあまり好きな作品ではありませんでした。
でも、こんな風に色々考えさせられるのは、ある意味すごい作品だなって思います。
だから、一度読んでみることをおすすめします。

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