雑記

 幾度となく繰り返される冗談にもいつかは炎が灯ればいいと思っていた。それは毎日使う歯ブラシや運動靴、なぜ生えているのかわからない髭、歩きなれた町、そこに立つショッピングセンターの屋上から見える景色。そんな、さりげない会話のようなものに魔法をかけたところで、過ぎていく時間には埃が降り積もる。誰かが味見をしたからといって、特別美味しくなるわけでもない味噌汁やカレーのような既に満たされたものに感謝の気持ちなどあるわけもなく。
 仕方がないのでわたしは音楽をかけて気を紛らわそうとした。男は椅子に座っている。時計をみると22時を過ぎていた。今日の時間はもう残りわずかだ。音楽が渦をまき始める。男は両足を小刻みにふるわせて貧乏ゆすりをしている。わたしは流れる音楽を開いて低音と高音がぶつかり弾ける瞬間を書こうと考えた。目の前で足を動かし続ける男の姿をつぶさに観察していれば、そこにひとつの繋がりが現れ、ゆるやかに広がり、墨と煙の海が旗のようにたなびく。本来なら若さの中で滅んでいた冗談が空気の糸を絡ませ静電気を呼び起こし近代の怒りに触れる。
 これを日常の欠陥と呼んでしまうと、すべてが奪われてしまったような僕になる。すこしだけ右にずらしたらどうか?左か?名前を間違えたか?なんでも新しければいいのか?いちいち問わなくても答えてくれるような友人がいたらよかったか?いっそ存在を仮定のものにして幕引きを考えるか。そう、俺は端的で退屈で危険な奴だ。

 そろそろ時間だ。この男の終わり方をわたしが考える義理はない。今日の終わりの底を指で叩いて、いくつか転がってきた言葉を抱いて眠る。明日へのたしなみといかさまの備えよ。

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