ぬっ記

 目を閉じて、開けた。それが長い時なのか短い時なのか判然としないが2時間が経過していた。それからゴソゴソと起きだしてベットの上で虚脱する。胡座をかいて、少し顎をあげて、夜とひとりの呼吸に耳を澄ます。誰に呼ばれたわけでもないし、なにかを思い出したわけでもなく、合図もなしにまた動きだして、上着を羽織り外へ出た。寒空へ身体を引かれるように歩を進めて、田舎の夜の明かり場へと入り込む。はるか昔からこの地を治めている姑息な賢者、のような佇まいのコンビニ店員から、いつもの煙草が買えなくて、知らない銘柄の煙草を吸ったら梅の味がした。
 梅味の煙草は不味かった。涙がでそうになるくらい、悔しい味がした。冬ってこんなに寒かったっけ?そんなことを考えながら、煙草を吸いつつ寝ぐらへ引き返す。10月頃まで筋トレのときに使っていた廃校舎の解体が始まっていた。暖かくなったらまたそこで運動するつもりだった。ライトアップされて鉄筋コンクリートが剥き出しになったこの場所も、年が明ける頃には更地になっていることだろう。お気に入りの場所が又ひとつ消えた。誰からも見られず、広くて静かな場所で、徐々に上がっていく心拍数を身体で感じるのは気分が良かった。身体の中枢が射抜かれ純粋な鼓動だけが残り、俺はそれに乗っかってるだけでいい。
 しかしすべては変遷する。いわば時間と空間での辻斬り。やがて愛着や忍耐も流れていく。まったく、清々しいぐらいに。
 家へ帰るとPCの前に座して電源を入れる。あらゆる言葉の残滓が溜まっていく。日常をここで解体して組み直す。意味のある紛い物を大地へ還す農夫となる。此処には勝者も敗者もいない。俺が重力であり故郷となる。

 

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