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魔法少女の系譜、その11~『魔法のマコちゃん』と異類婚姻譚~


 今回も、前回に続いて、『魔法のマコちゃん』の話です。『魔法のマコちゃん』と、口承文芸との比較の続きです。
 というよりは、『魔法のマコちゃん』を媒介にして、口承文芸について語る回です(笑)

 この作品のヒロインは、元・人魚という異類ですね。『魔法のマコちゃん』は、異類が人間界へやってきて、福をもたらす、異類来訪譚の形になっています。

 これまで書いてきましたとおり、異類来訪譚などの口承文芸には、「お約束」があります。話が形式化していて、必ずと言ってよいほど、同じ形式の中に、はまっていることです。
 例えば、異類来訪譚では、「異類は、最後には、異界へ帰る」ことになっています。これは、非常に強固なお約束です。これを破った口承文芸は、ほとんど存在しません。

 これを破っている点で、『魔法のマコちゃん』は、伝統的な異類来訪譚を脱け出しています。近代的な物語の証拠です。

 異類来訪譚の中で、有名なのが、異類婚姻譚ですね。異類と人間とが結婚する話です。
 『魔法少女の系譜』シリーズを読んで下さっている方々には、異類婚姻譚に関心を持つ方が多いようですので、ここで、異類婚姻譚について、語ってみます。

 ヨーロッパの口承文芸で、人魚が登場する物語のいくつかは、異類婚姻譚となっています。その場合、まず間違いなく、女性の側が人魚(異類)で、男性の側が人間です。そして、最後には、人魚が海へ帰ってしまって、話が終わります。

 これらの「お約束」を、破る話は、ないのでしょうか?
 例えば、男性の側が異類である話は?
 夫婦が別れてしまわない話は?

 結論を先に言えば、あります。
 男性の側が異類であって、人間の女性と結婚する話は、存在します。
 夫婦が別れずに、ずっと一緒に暮らす話も、あります。
 以下に、順番に説明しますね。

 世界的に見て、男性が異類の話は、女性が異類の話より、だいぶ少ないです。
 この例では、日本に、有名な話があります。三輪山伝説と呼ばれるものです。『古事記』に載っている話です。

 昔、ある所に、活玉依毘売【いくたまよりびめ】という美女がいました。彼女のもとに、素性の知れない男が出入りするようになります。男は、いつも夜にやってきて、朝には帰ってしまいます。そうこうするうちに、活玉依毘売は、妊娠しました。
 毘売の両親は、毘売に男の正体を問います。毘売は、知らないと答えます。両親は、「今度、男が来たら、糸を通した針を、男の服の裾に刺せ」と言います。
 毘売は、そのとおりにしました。糸をたどってゆくと、三輪山の神の社に続いていました。毘売のもとに通っていたのは、三輪山の神、大物主【おおものぬし】だったのです。

 これは、神という異類が、人間の女性と結婚した話ですね。
 『古事記』が書かれた当時の日本では、男性が女性のもとに通う「通い婚」が一般的でした。ですから、一緒に住んでいなくても、この状態で、結婚していると見なせます。

 三輪山伝説では、活玉依毘売と大物主とのその後については、語られていません。
 ただ、二人の間に生まれた子供の子孫が、何代も続いたことが、語られています。その何代目かの子孫、意富多多泥古【おおたたねこ】が、大物主を祀る神主となったことが、伝えられています。

 日本には、三輪山伝説に類する話が、とても多いです。「女性のもとへ、正体不明の男性が通い婚していて、女性が妊娠した。男性の正体を突き止めてみると、人間ではない者だった」という伝説ですね。
 ヨーロッパには、これに類する口承文芸はない、といわれています。その理由については、定かではありません。通い婚が一般的ではなかったことが、理由の一つでしょう。

 ヨーロッパに、男性が異類である異類婚姻譚がないわけではありません。
 ヨーロッパの場合、異類の男性は、女性のもとに通うのではなくて、女性をさらって行ってしまうことが多いです。さもなければ、正式に結婚したのではなく、一晩、床を共にしただけで、女性が妊娠することになっています。

 日本の「三輪山伝説型」口承文芸は、たくさんの類例を生みます。それらの類例では、男性の正体が、神ではなく、妖怪とされることが多いです。

 典型的な例では、男性の正体が大蛇、というものがあります。
 大蛇が人間の男に化けて、女のもとに通います。男の正体を不審に思った女が、糸を付けた針を、男の服に刺します。糸をたどって行くと、洞窟で大蛇が苦しんでいます。鉄の針を刺されたことにより、大蛇は死ぬところでした。
 しかし、女の腹には、大蛇の子供がいます。大蛇は、それを楽しみに死んでゆきます。女のほうは、蛇の子を産んではたまらないと、魔除けの行為―菖蒲湯【しょうぶゆ】に入ることが多いです―を行ないます。それにより、堕胎に成功しました。

 これは、通称「蛇婿入り」と呼ばれる話です。神だった男が、妖怪に変わったことにより、神聖な話から、忌まわしい話に変わっています。「魔物が鉄を嫌う」思想も、入っていますね。
 三輪山伝説と、蛇婿入りとを比べると、「妖怪は、零落した神である」という柳田国男の言葉が、しっくり来ます。

 蛇婿入りの類例は、日本全国にたくさん分布します。妖怪の男性が、人間の女性のもとに通う話ですね。最後には、必ず、男性は退治されてしまいます。子供は、堕胎されてしまいます。

 男性の異類と女性の異類とでは、扱いが、ずいぶん違いますね(^^;
 女性の異類は、妖怪であっても、「雪女」のように、美しい存在です。最後には別れてしまいますが、それ以外、夫や子供には、ひどいことはしません。自分も、無事に異界へ帰ってゆきます。
 男性の異類は、別れるだけでなく、殺されることが多いです。子供まで殺されます。踏んだり蹴ったりですね(^^;;

 なぜ、男性と女性とで、こうも違うのでしょうか?
 これは、まだ、解明されていないようです。私も、以前から、とても不思議に思っています。


 異類婚姻譚で、「最後に夫婦が別れない話」も、存在します。類例は、非常に少ないです。それだけ、「異類は、共にずっとはいられない」お約束が、強固なのですね。
 このために、これまでの考察では、考慮に入れてきませんでした。
 とはいえ、ここでまったく考慮しないのも、どうかと思いましたので、取り上げておきます。

 「夫婦が別れない異類婚姻譚」の場合、夫婦は、人間界にはいられません。二人とも、異界へ行ってしまいます。異界でどのように生活するのかは、語られません。

 「異類と人間との結婚」は、この世の理を破る行為です。世界を不安定にする行ないです。このような行ないは、口承文芸の世界では、許されません。
 だから、普通は、夫婦が引き裂かれて終わるわけです。世界に、正しい秩序を回復して、終わります。

 世界に正しい秩序を回復する方法は、もう一つあります。夫婦を、共にどこかへ追放することです。
 「夫婦が異界へ行く」のは、名目はどうあれ、この世から追放されているのですね。


 近代以降の物語では、伝統的な口承文芸の「お約束」破りが行なわれます。
 例えば、中国の有名な民間説話「白蛇伝」が、そのような改変を受けています。

 白蛇伝では、異類なのは、女性のほうです。白蛇の精である女性が、人間の男性と恋に落ちます。
 珍しいことに、口承文芸の白蛇伝では、女性の異類が退治されて終わります。日本の蛇婿入りを、そっくり、性別を入れ替えた感じです。

 口承文芸の白蛇伝をもとに、近代以降、たくさんの物語が作られています。日本で、アニメ映画にもなっています。
 創作物語の白蛇伝では、白蛇の精と人間の男性とが、結ばれて終わることが多いです。その場合、白蛇の精が、普通の人間の女性となって、結ばれます。異類が同類になったのですから、結ばれるほうが、自然ですね。

 これは、近代以降、伝統よりも、個人の思いが優先されるようになったからでしょう。恋する二人の幸せを思うならば、結ばれて、ハッピーエンドにしてあげたいと思うのが、普通ですよね。


 ここで、話を、『魔法のマコちゃん』に戻します。

 『魔法のマコちゃん』も、近代以降の創作物語ですね。直接的には、アンデルセンの『人魚姫』の影響を受けています。『人魚姫』は、ヨーロッパに伝わる口承文芸に、影響を受けているでしょう。
 口承文芸→創作物語→創作物語、と改変されてゆく過程では、いろいろなものが取り入れられます。伝統が破られることもあれば、一度捨てたのに、また入れられることもあります。

 『魔法のマコちゃん』の場合は、伝統的な異類来訪譚の形を取りつつ、「マコちゃんは人間として、人間界で生き続ける(異界へ帰らない)」という改変を受けました。
 これは、創作物語の『白蛇伝』で、白蛇の精であるヒロインが、人間に変わったことと似ています。「異類は、同類になれる」という原理を付け足したのが、近代的改変ですね。

 『魔法のマコちゃん』では、さらに、「魔法のペンダント」という魔法道具を取り入れることで、「同類だけど、異類」という矛盾した状況を、うまくまとめています。「人間だけど、魔法が使える」のは、「魔法のペンダントがあるから」という理由づけになっています。
 これまでの考察で書いたように、「魔法のペンダント」という魔法道具は、『ひみつのアッコちゃん』という先行する創作物語から、影響を受けたものでした。

 先行作品を受けて、物語が、どんどん改良されてゆくのが、わかりますね(^^)



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