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音楽ゲームの架空アーティスト名義の話:チャーミングスは実在すると思っていた/市村圭

好きなアーティストやユニットを問われたら、あなたは誰を返すだろうか?

音楽ゲームが好きで、特にポップンミュージックが大好きで。
上の問いには「チャーミングス!」と無邪気に返していた女の子の、これはお話である。

これはミステリではないので、お話の結末を提示しておこう。
当時の彼女は知らなかったが、チャーミングスは架空のアイドルユニットである。
チャーミングスは実在しない。

というわけで、お話のはじまりに先立ち、冒頭の問いを訂正する。

好きな架空のアーティストやユニットを問われたら、あなたは誰を返すだろうか?

はじまりの勘違い

ある女の子の小さな勘違いの話をしよう。

女の子は私かもしれないし、そうでもないかもしれない。それこそ架空の女の子かもしれないし、ともすればあなたかもしれない。
だから、このお話の主人公は私ではなく、彼女ということになる。

きっかけは近所のヨークベニマルの、小さなゲームコーナー。主役はプライズ機とメダルゲーム、それに大人向けの100円パチンコ台も少しだけ。ゲームセンターと異なり語られることも少ない、「ゲームセンターではないアミューズメント施設」の一つだった。

もともと、毎月25日にお母さんからもらう数枚の100円玉は、100円11枚のレートで銀色のメダルに替えられ、全てがメダルゲームに費やされていた。特に好んでいたメダルゲームは、当時すでに古典に属していた「アヒルのヨーイドン」と「いもほりペン太」の両タイトルである。

「アヒルのヨーイドン」は子ども向けの競馬ならぬ競アヒルゲームで、ノリノリのシンセポップをBGMに、ノリノリのオブジェクトが5本のレーンに沿って判定ラインに向けて動くので実質ビートマニアであった。

「いもほりペン太」はコナミのゲームだし、ボタンを押すと効果音が鳴って、オブジェクトがソフランしたり停止したりするので、こちらも実質BEMANIである。さすがにBEMANIではないよ。

それらの片隅に、1998年のとある日、初代ポップンミュージックが入荷された。

これを機に幕をがばと開けた、彼女の音楽ゲーム漬け生活。またたく間に魅了を受けた女の子は、メダルゲームをほぼ卒業。お小遣いの100円玉はメダルに替わることなく、白銅のまま筐体に注ぎ込まれるようになった。

100円を入れるとわずか10分で数割以上の利子を付けたプレイの喜びを返してくれるのだ。トイチの闇金もびっくりの暴利金融ポップンミュージック。全財産を注ぎ込むのが経済的にも合理的というものである。そうかなあ。

やがて20枚ほどのカレンダーが破られ、2000~2001年頃のこと。
彼女はいくらか進級し、まだまだ幼く、今と同じように音楽ゲームが大好きだった。

あいかわらずポップンミュージックが置かれていた、近所のヨークベニマル。
それと、両親が車でたまに連れて行ってくれた、街道沿いのCDレンタル屋さん「ヒーロー」。そこにはポップン以外にもいろんな機種が置いてあったのだ。
それらの小さなゲームコーナーが、彼女にとっての根城であり、夢の世界への出窓であった。夢と呼んだのは、つまりそこから見える風景は、まだ現実とは繋がっていなかったのだろう。

というわけで2000年に登場した「ポップンミュージック5」にも、彼女は100円玉や50円玉を注ぎ込んでいた。Des-ROWこと右寺修がシリーズデビューを果たし、エクストラステージとEX譜面が初めて実装されたそれを、無我夢中に遊び続けた。

そして収録曲で一番のお気に入りであった「どうなっちゃったって」(ジャンル名:ハイテンション)のハイパー譜面を今日も遊びながら、こう思ったらしい。
「この曲を作ったチャーミングスってひとの曲、もっと聴いてみたい!」

音楽ゲームの単発名義と架空アーティスト名義

チャーミングスは架空のアーティスト名義であり、実在しない。

ひょっとすると、実在しないは言い過ぎかもしれない。曲を作った人は現に存在するのだから。
ともあれ音楽ゲームには、一度現れたきりで(まだ)二度と現れていない単発名義が多く存在する。
そのような単発名義のありようを簡単に整理すると、例えば以下のパターンが挙げられる。

(1) 既存の実在アーティストが楽曲を1曲だけ提供した。
既存曲のライセンス提供である場合も、ゲーム向けのオリジナル曲の場合もあり得るが、とにもかくにも、音楽ゲームの外で当該アーティストの楽曲を見つけることができる。
例えば古くは「beatmania 5thMIX」に「MOTIVATION」を提供したDIMITRI FROM PARIS、「ポップンミュージック3」に「ENDLESS SUMMER NUDE」がライセンス収録された真心ブラザーズはじめ、枚挙にいとまがない。

(2) ただ1曲のために新たに組まれたユニットである。
アーティスト同士のコラボで企画的に結成された、あるいは楽曲コンセプトに合わせて組まれたユニット(一人ユニットも含む)が該当する。例えば持ち曲一曲でBEMANI ROCK FES ‘16への出演まで果たしたTraveling Fan Troopあたりが代表に挙げられる。

(3) 既存アーティストの明確なパロディである。
これは音楽ゲームの最初期に多く見られ、時代が進むにつれ急激に減少する。事例としては初代ビートマニアのThe Dust Fathers(THE CHEMICAL BROTHERS)を筆頭に、Herbie Hammock(ハービー・ハンコック)、the LOφSE BEAT(The Beatles)、Shine All Stars(サザンオールスターズ)あたりが該当する。

(4) 完全に架空のアーティスト名義である。
チャーミングスはそもそも「架空のアイドルユニット」であると、公式ウェブサイトの楽曲コメントで明言されている。

「どうなっちゃったって」の作編曲はコナミ所属のコンポーザー・村井聖夜で、作詞は「淋しい熱帯魚」「魂のルフラン」「残酷な天使のテーゼ」などで知られる及川眠子。

そしてチャーミングスの楽曲は、この世にただ1曲、「どうなっちゃったって」しか存在しない。


好きな架空アーティスト名義の新曲(存在しない)を探す

存在しないのである!

露とも知らぬ小さな私は……じゃない。小さな彼女は、チャーミングスの新しい音源を探し始めた。こんなにいい曲を書くアーティストなのだ。きっと他にもいっぱいCDが発売されているに決まっている。

JUDY AND MARYもthe brilliant greenも安室奈美恵も、新譜がしょっちゅうTVで宣伝されているし、つまりCD屋さんではシングルやアルバムが売られているのだ。チャーミングスだって探せば見つかるに違いない。

「速報!歌の大辞テン」でいつまでも新譜が紹介されないのが不思議なくらい。ひょっとすると深夜の(女の子がすやすやと眠る時間帯の)番組になら、チャーミングスが出ているかもしれない。もしかしたらそのうち「ミュージックステーション」や「THE夜もヒッパレ」にだって出演するかもしれない。

ちなみに彼女はちっちゃいので、安室奈美恵の曲は安室奈美恵が書いていると思っていたし、華原朋美の曲も華原朋美が書いていると思っていた。ブルグミュラーの曲はブルグミュラーが、ショパンの曲はショパンが書いてるんだからあたりまえでしょ、という至って帰納的な思考回路である。かわいいね。

というわけで彼女は、町に唯一のCD屋である「フラワー」を訪れた。チャーミングスのCDは見つからなかった。

次に近いのは、中心街に出るバス停の近くのブックオフだ。ふだん足を踏み入れない邦楽CDコーナーで、タ行のところを探す。100円コーナーも、半額(50円単位で切り上げ)コーナーも、短冊シングルのコーナーまで探したが、1枚も見当たらない。

バスに乗って中心街に行き、地域最大のCDショップである新星堂(大枚890円也をはたいてドラムマニア用のマイスティックを買ったのもここだ)に行って探した。チャーミングスの音盤は影も形もなかった。

当時おうちに導入されていたフレッツISDN、驚異の0.064Mbpsを誇る通信回線でヤフーカテゴリを探した(検索というスキルは持っていなかったのだ)。目に付くリンクを次々と開いても、それらしいものは見当たらない。

どういうことだろうと首をかしげたが、彼女がアクセスを思いつく範囲の情報源には、あいにくと答えは用意されていなかった。

ちなみにAmazon.co.jpの開業は2000年11月。オープン当初の商品は書籍のみで、CDの取り扱い開始は2001年6月のことであり、まだである。彼女がポップンミュージック5と共に過ごした期間は、大体そのような時代に位置していた。

架空アーティストだと気付けなかった

音楽ゲームのゲームだけを遊んでいる限り、アーティスト名義が架空か実在か、気付くことは難しい。アーティスト名義欄は自由入力であり、何を入れても良いとされている。
BPMを入力する人(180さん)、曲名と区別の付いていない人(Hi-Teknoさん)、はたまた空白を名乗る人(Phantasmagoria)すら存在する。
架空のアーティスト名を入れるくらいは朝飯前であり、実在であるかどうかのタグ付けはない。

もちろん、例えばサウンドトラックのブックレットには、実際の作編曲がクレジットされている。しかしサントラを買う習慣がなければ道は閉ざされ、また音楽さえ聞ければよいという人はブックレットを読みもしない。
あなた(月刊オトモを購読されるほど熱心な音ゲーマー諸氏)には信じがたいことに、CDを手に入れてもブックレットにほとんど目を通さない人は少なからず存在する。現に彼女がそうであったように。

また当時はゲームの公式ウェブサイトに、楽曲ごとに作曲者や担当デザイナーらのコメントが用意されていた。彼女はゲームの公式ウェブサイトという概念をまだ分かっていなかったか、もしくはもっと単純に、ゲーム以外に興味が沸かなかったのかもしれない。ゲームはゲームだが、ゲームの公式ウェブサイトはゲームではない。

あるいは音楽に詳しい人がいれば、こんなアーティストいないよ(あるいは、いないかもしれないよ)と教えてくれたかもしれない。両親はサザンオールスターズとユーミンが好きで、姉は売れ筋のJPOPを少々たしなむ程度。友だちにはゲーム愛好家はいても、若くして程良いリテラシーを持つ音楽好きはいなかった。

インターネットで的確な検索をすれば、それらが実在か架空かの峻別くらいは、どこかに転がっていたかもしれない。もちろんremywikiもBEMANIWikiも存在しない時代であり、現存するなかでは最古参のポップンミュージック情報サイトであるDreamの設立は2001年8月である。

ともあれ繰り返す。ゲーム内には架空アーティスト当てクイズの模範解答は収録されておらず、謎掛けの存在すら透明なベールに秘匿する。だからこそ夢や幻想は堅牢であり、しばらく崩れることもなかったのだけれど。

というわけで、彼女は空振りの音源探しを経てもなお、チャーミングスは実在すると思っていた。
サントラを買う習慣のあった友だちからCDを借り、ロング版の音源の存在に狂喜乱舞しつつ、それでもチャーミングスの実在を疑うことはなかった。

歌詞カードの「どうなっちゃったって」の部分は、ヨークベニマルに置いてあった1回10円のコピー機で複写を取り、大事に保管した。どうして作曲クレジットに気付かなかったんですか?

ついでに言えば曲とアーティストとキャラの区別も曖昧であったため、担当キャラのリサのことも大好きになった。オンラインゲーム「SPELLBOUND」では自キャラの名前を「リサ」にしてプレイしていたし、最終的な職業はもちろんアイドルにした。

なんなら二次創作小説(音ゲー外)と日記と掲示板がメインの個人サイトを彼女が初めて立ち上げたとき、使っていたハンドルネームは「LISA」である。サイトがネット上にもウェブアーカイブにも残っていないのは確認済なので、謎の検索技術で見つけ出したりしないでください。たのむ。

つまり統合してみて、曲とアーティストと担当キャラと自分の区別が付いていなかったということになる。音ゲーマーの一般的な習性の一つである。

その後のこと

彼女は音楽ゲームが大好きであり、しかし「音楽ゲームをプレイする」ことと「音楽ゲームの音楽を聴く」の区別が曖昧であった。あるいは、彼女は音ゲーマーであったが音楽リスナーではなかった、と表現できるかもしれない。

果たして女の子はツッコミ不在のまま、その後も懲りずに同じように、気に入った曲の名義からCDを探す無謀な試みを続けた。
そして無謀な試みを延長した線の先で、彼女は「Tangeline」(スウェディッシュ2)を経由して実在のバンドであるrisetteのCDに辿り着き、はたまた「Homesick pt.2&3」(ソフトロック)の名義として初登場したのち実在のユニットとして活動を始めたorangenoise shortcutの音源に辿り着くことになる。

帰納法の誤謬により「ほら、音楽ゲームのアーティストはみんな実在するじゃん!」と考えたかどうかはついぞ知れない。

そこから彼女はrisetteやorangenoise shortcutが参加していたコンピレーションアルバムをきっかけに、様々な音楽ジャンルやアーティストと運命の出会いを果たすことになる。やがてさらなる紆余曲折を経て、ついにライターとかいう看板を掲げるようになるのだが、そこに至るまでにはまだまだ遠い道のりがあるのだ。がんばってね。




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書いた人:市村圭
音楽ゲームライター、音ゲーマー。興味は音ゲー文化全般、専門はpop’n music。著書(共著)に「ゲーム音楽ディスクガイド2──Diggin' Beyond The Discs」(ele-king books)。

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次回の更新は7月1日(土)「読者アンケート企画/初夏に聴きたい音ゲー楽曲を教えて!」の予定です。お楽しみに!