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【二輪の風景-17】サーキットの狼に俺はなる?

 エリック・ビューエル氏は、ハーレーの鈍臭さに、魅力は感じていたものの苛立ちも同時に抱えていた、ハーレダヴィッドソン社のエンジニアだった。
 アメリカのバイクといえば大陸を横断するのに充分な排気量と大柄な車体、そこにどっかりを腰を降ろす快適な乗車姿勢を供していたけれども、サーキットを走れば輝かしさはブービー賞以外に見当たらなかったし、モトクロスコースでは穴ボコにはまった亀みたいにいいところを見せられなかった。
 二兎は追えないにしても、せめてサーキットで健闘してみたい、ハーレーのエンジンを手がけながら彼は、常々そんなことを考えていた。
 漫画『サーキットの狼』は、池沢さとし(現 池沢早人)氏が主人公に英国製小型軽量のスポーツカー、ロータスヨーロッパを駆らせ、スーパーカーブームを巻き起こし、少年漫画誌の読者はみな「いずれきっと」と、いわゆるカッコイイ車を所有する姿を空想世界に作り上げてくれたけれども、ビューエル氏は夢の世界に現実の手を突っ込み、思い描いたサーキットで戦えるアメリカンを握り締め、そのままリアルの世界に引っ張り出してしまった。そしてその戦うアメリカンを武器に、名だたる欧州製、日本製のスーパースポーツバイクに殴り込みをかけてしまった。
 残念ながら、トップは取れなかった。だけど「乗って充実感のあるスーパースポーツ」を完成させた。

 排気量が大きく車体が重くなれば、連続するタイトなコーナーでは切り返しが遅く不利になる。軽量にすれば排気量を小さくするしかなく、加速で大排気量車に敵わなくなる。排気量が小さくても多気筒エンジンで高回転を稼げるようにすれば出力は上がるけれども高回転を維持していないとパワーを引き出せず、速度を落とさなくてはならないカーブで回転を落としてしまうと猫の手ほども力を発揮しなくなる。単気筒、2気筒エンジンなら多気筒エンジンより軽く作れるし、初期加速で優れているが、高回転域は苦手でエンジンを回した時に多気筒エンジンに勝てない。
 このように「あっちを立てればこっちが立たない」二者択一の選別を経て、と言うより手元にハーレーのエンジンしかなかったから仕方なく、選択の余地なくハーレーのV型2気筒エンジンを使って、「あっちを立てながら(できるだけ)こっちを立てた」エンジン特性のオートバイを作り上げた。

 アメリカンスポーツ BUELL。ハーレーさながらのぶるんぶるんと震える1200ccのエンジンを、軽二輪という250ccと同程度の大きさのフレームに収めた。車体はちんまりまとまり、中型免許最大のバイクが横に並べば小馬鹿にされそうなほど小さく見えた。だが、エンジンは1リッターを超えるバイクなのだ。ひとたびアクセルを開けると、轟音とともに車体を発車する。そう、地面を蹴りだすと同時に、夢を乗せて宙に舞うバイクだったのだ。

 制作したビューエル氏、自分でもサーキットで製作したバイクに乗ってみた。感想は「楽しい」だったという。バイクを倒し込まなければならないコーナー手間でスピードを落としても、ずぶといトルクのおかげで傾けた車体を起こしたその瞬間にどどどっと加速していく。そして何より軽い車体に、アメリアのバイクらしからぬしなやかでスポーツライクな足まわり。ギアひとつ入れるのでも、ハーレーはガッチャンとぶち込まなければならないのに(このあたりは世界最大のスーパーカブを彷彿とさせる)、コンマ何秒を競うバイクだったから、小さな動きですっとギアが入るように調教されていた。

 ビューエル氏は会社を独立させたが、しばらくはハーレーダヴィッドソンの販売店で彼の手がけたアメリカンスポーツが売られていた。
 ところが、経営のスリム化の波に飲まれ、市販のバイクはこの世から消えてしまうことになる。それでもヨーロッパでレース活動を中心にその火を消すことはなかった。
 ところがここにきて。
 エリック・ビューエル氏の熱意が一般公道を再び走ろうとしている。完全にハーレーから切り離されたBUELLの市販用新型が発売を前提として発表されたのだ。

 バイク世界の復活劇は、このところ相次いでいる。イギリスのトライアンフ、イタリアのMVアグスタとイタルジェット、アメリカのインディアン。それらはかつて世界のバイク乗りを魅了し、いちどは消えていった強者どもだ。

 一度消えた炎を再燃させるという意味において、バイク世界に帰ってくるリターンライダーも同じフィールドにいる。
「乗車感覚、取り戻せるかな?」
 心配にはおよばない。だいじょうぶ。いったんバイクから離れてしまっても、魂は燻りながらも消えてしまったわけじゃない。バイク熱は再び燃え上がる。感覚もじき取り戻せる。
 だけどいきなり派手に燃やしてはいけない。最初はそっと。それから徐々に。乗りたくなるようなバイクも昨今のバイクブーム再燃を受けて、その裾野を広げている。
 急がなくたってかまわない。バイクがかっ飛ばすツールから、人生を味わうツールに変わってから急かされることはなくなったし、第一、マイペースで走ったほうがバイクは気持ちいい。エリック・ビューエル氏が「楽しい」と感じたように、ライダーひとりひとりが自分なりに楽しむ時代に突入した。

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