若い営業マンの話


僕が23歳の頃だったと思う。

知り合いもいない港町のアパートで一人暮らしを始めて日も浅かったこともあり、当然近くに友達なんていなかったから仕事が早く終わっても毎日暇だった。

その頃僕は建築営業として働き始めて半年くらいだったんだけど、会社から期待の新人と考えられていることにプレッシャーを感じていた。

新人らしからぬ数字は上がっているが、実のところ、肝心な時は母親のような支店長が同行して決めていく感じで、一人立ちできないことに対してフラストレーションが溜まってた。

その日は休みだったのか、仕事が早く終わったのかは覚えてないけど、夕方家に飛び込み営業がきた。

年が近そうだと思ったこと以外、今となっては覚えてないけど、飛び込み営業を受けた経験がないから家に入れた。

アンケート用紙を出して僕に記入を促す時に、なんとなく彼がまだ営業を始めて日が浅いと感じた。

僕も見学会ではアンケートに記入を促す側だったから、年も、おそらく経験も僕と近いであろう彼が困らぬようアンケートは全て埋めたのを覚えている。

別にマンションを売る人間がどんな営業をするのか興味があったわけでもないし、マンションなんてその頃は買う意思もないんだけど、同じ営業としての仲間意識みたいなのがあった。

彼は、僕に買う意思がないのがわかったからなのか、一度も営業はしなかった。

その日、どうやって話が終わったのか覚えてないけど、僕も今ほど喋らないだろうし大した盛り上がりもなく終わったんだと思う。

そこからしばらくして、定期的に彼が訪ねてくるようになった。

彼の言動から数字が上がってないのは明白で、僕はそれをいいことに、謎の先輩風を吹かせ彼の仕事してるふりに度々付き合った。

響いたかどうかなんて分からないけど、いつもは車が止まっているのを確認して連絡もなく突然やってくる彼から電話があった。初めて契約できたという内容だった。

僕達は同じ営業の仲間ではあるが、友達ではなかったし、飲みに行ったり、外で遊ぶことはなかった。

当然初契約のお祝いで飲みに行くこともなかったし、彼の番号を登録することもなかった。今思うと仕事に対する向き合い方が違いすぎる彼を魅力的だと思えなかったからだと思う。

それからも定期的に彼は仕事してるふりをしにやってきた。

いつだったかなんて覚えてないけど、気付いたら彼が来なくなった。

彼の電話番号はわからないし、わざわざ会社に電話して彼の在籍を確認する間柄でもないから、彼がどうなったかなんて知らないけど、彼のいた会社から電話がある度に、同じ営業としてせめて話はちゃんと聞こうと向き合った日のことを思い出す。

彼がもしずっと続けてたら僕と同じくいい歳だし、それなりに出世だってしてるだろうから、電話の相手は絶対彼じゃないのは分かってるんだけど、最近は頑張るようになったのかよ?って言えるのを期待してるのかもしれない。




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