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シュレーディンガーの子猫 ~プロローグ:セクション4~

それでも、独り言は耳に入ってくる。
苛立つ声も笑い声も、静かな職場だと思っていたけど、意外とうるさい。
でも、誰も他人の独り言の話に割り込もうとはしない。
これもまた暗黙の了解なのだろう。
あまりにも大きな声で独り言を言っている場合だけ、怒声が飛ぶことがあるが、最近はそんな事も無くなり、ガヤガヤとした独り言が程よいノイズとなって職場を埋め尽くしていた。
そんなノイズがα波を出しているのだろう。
僕の眠気を程よく刺激し、いつしか眠りへと導いていたのだ。
僕が席に座り、チャットのオンラインをONにして、ヘッドセットを付ける。
音楽を気晴らしに聞きながら対応するためと周りの雑音をシャットアウトするためなので許可されている。マイクが付いていなタイプだ。
席にいる時にメール対応が終わった人から、チャット対応に切り替える。
僕の仕事は、ほぼほぼ歩合制で、対応したクレーマー人数で、給与が増える。
簡単な対応が入ってくる日は儲けも多く、面倒な人に当たってしまうと給与も減る。
クレーマーの対応でブラックリストも作る。
対応する人がクレームの対応をパスする権限もある。
そうでもしなければ、給与が上がらないからだ。
クレーマーが10回担当替えでパスされると、ブラックリスト行きだ。
最悪の場合、クレーマーを業務妨害罪で訴える事も視野に入れる。
しかし大抵の場合は、「敵意帰属バイアス」のメンタルヘルスに繋がるようになっている。
クレーマー対応はこの「敵意帰属バイアス」をのらりくらりして、消化させる事がメイン業務なのだが、あまりにも病的な人は精神疾患と看做され、薬の処方などを考慮しなければならなくなるという事のようだ。
そこまでしても駄目な場合は、犯罪者として捕まって頂くという段階を経ているのだという。
僕らはそのためのフィルター役になっている。
思えばサクラも似たような役割だった。
ネット上のカオスを引き受けている自負が僕にはあった。

ピコンピコン
今日、最初のチャット対応だ。
「俺は自分の会社に不満があって、ひどいブラック企業だったから、飛び降り自殺しっちゃったんだけど、このメッセージは何処に繋がってるの?」
あ~、飛び降り自殺したけど運良く生きているっていう人か、病院からチャットしているのかな?
ザザザザッ
イヤホンにノイズが入る。
どうも今日の音楽はやたらとノイズが気になる音楽だな。
無料の音楽アプリを利用して、ジャンル選択でランダムに流していると時折ダメな音楽に遭遇するけど、今日の音楽リストはそのダメなタイプだ。
後で音楽アプリにクレームでも入れとこう。
そうだな。こういう問い合わせならいつも対応している。
深刻じゃないほうがいい。のらりくらり会話して、頑張っれって応援したり、共感したり、そんなことばかりだけど、この手の話には大分こなれたから楽でいい。今日のはどうだろう?

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次回予告:

大体クレーマーへの対応方法は決まっている。
クレーマー自身には聞きたい答えがあり、その答えを的確に答えてあげれば解決するのだ。
だから、ブラック企業に勤めている人がどうしたいのかを聞き出せれば、それがそのまま回答になる。


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