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ASDの私が雑談本を作るまで(最終回)仕上げは「腹をくくる」

ネガティブ思考が大爆発

 発売日が迫るなか、販売促進の準備が始まります。「POP」と言って、書店で本をPRするカードを作るのは私の役目になりました。

 このとき、「POPを二種類作り、書店によっては実用書コーナーだけでなく、医学書コーナーに『医療エッセイ』の位置づけで置いてもらうのはどうか?」という案が出ました。後者のPOPには、著者の私が発達障害だと書くのです。承諾したものの、考えてみればPOPもオビと同じで、発達障害を前面に出すことになります。これ、やばくないか……?
 私は第4回に書いた「発達障害に関するトラウマ」という火種をつねに抱えているので、これをきっかけにネガティブ思考が大爆発。よくない想像ばかりが頭を駆け巡りました。
 もしも取材が来て、「発達障害=コミュ障」といった偏ったイメージを後押しすることになったらどうしよう!? とか。同じ発達障害の仲間に読んでほしくないわけじゃなく、すごく読んでほしい。でも、共感よりバッシング(もっと困ってる人がいるのに深刻ぶるな、とか)がコワイ……など。
 まあ、たくさん売れてから心配すればいい話なのですが。
 悶々としていたとき、本の末尾に「会話のきっかけレシピは、自分が転びそうなときも支えてくれる『杖』です」と書いたことを思い出しました。そうだ、レシピとは「杖」なのだから、「この障害の人しか使ったらアカン杖」なんてない……つまり、「発達障害」という言葉を、仮に目立つ場所に出しても本で訴えたい内容は揺らがない、と気を取り直しました。それで、この2種類のPOPを作ったのです。      

       実用書コーナー向け

       

       医学書コーナー向け

「どうせ分かってもらえない」

 この出来事で「トラウマという火種」の危険さを再認識。本を出すにあたって、このままでは精神的にもたないかもしれず、少し問題を整理する必要がありました。

 考えてみれば私は、何の仕事をしても、障害特性についてフォローしてもらう……いわゆる「障害に対する合理的配慮」をしてもらった経験がありません。
 と言いますか、問題を「こじらせてきた」と言う方が正確でしょう。私の、発達障害ゆえの困りごとは外から見えにくいので、説明しても「そんなのみんなそうじゃない?」「考え過ぎ」といった反応が多く、ちゃんと仕事をするために「配慮」を頼もうとすると、「いろいろ理由をつけて、やりたくないという意思表示をしている」と真反対の意味にとられたりします。こういう経験がトラウマ化し、人に言うのがイヤになりました。
 そして、「どうせ分かってもらえないし」と勝手にガマンするようになったのです。軽度なので、困ってもガマン・無理してやれば、ある程度までは普通っぽくできます。
 そうやって、「ちょっと変わっているだけのフツーの人」として40過ぎまで働いてきました。今回の本づくりもそうです。しかし、ガマンと無理にはそろそろ疲れ、また新たな人間不信のもとにもなっていました。
 新たな人間不信とは……? 仮に私の困難さが、「足が不自由で松葉づえをついている」だったとします。そんな私に仕事の相手が、悪気なく「階段の上の部屋に来てくれ」、と言いました。

 このとき、「私は足が悪いので、この階段を登るのがたいへんなのです。エレベーターはありませんか?」と聞く、もしくは「段差なく行ける場所で打ち合わせをしてもらえませんか?」と頼むなどして、相手も了承してくれれば、体の負担もなく安心して仕事ができるはずです。
 が、私の場合「どうせ、言っても分かってもらえないし…」と、無理にガマンして杖をつきながら階段をのぼってしまいます。

 それでどうにか目的の場所まで行けても、途中で挫折しても、私はヘトヘトになります。このとき、勝手に相手に対して「こんなのヒドイ」と逆恨み的な感情(つまり不信感)を持ってしまう……という感じです。

 今回、無意識に引っかかって爆発を招いた点はここでした。
宣伝のときだけ都合よく「発達障害」という言葉を持ち出すなんてヒドイ!

消化して、仲間に伝える

 となると、このトラウマと「引っかかり」をすこしでも消化しておかないと、本が出たあとも大爆発が起こる可能性があります。
 「どうせ分かってもらない」と決めつけてないで、今からでもKさんに自分の困りごとを伝え、「配慮のお願い」をしてみてはどうか? その過程を、本づくりの舞台裏とともに「こんな工夫&配慮のお願いをして書きました」という記録にして、インターネットで公開しては?……と、考えました。文章化することで、「腹をくくる」のです。
 そうすれば、私がこれまで積極的にアプローチしてこなかった発達障害の仲間へも、ネット経由で本のことを伝えられるのではないか。
 ――と気持ちを奮い立たせたものの、ここまで来ても、Kさんに「そんなの無理」と却下されたらどうしよう、と考えるだけで動悸がして泣きそうでした。清水の舞台から飛び降りる覚悟で相談してみると、拍子抜けするくらいすんなり通り、この連載が決まりました。

 そして、Kさんに「配慮のお願い」を伝えることは、トラウマゆえ避けてきたことをやるわけですから、実はかなりエネルギーがいりました。どうすればうまくいくか試行錯誤しながら、ピックアップしたお願いは以下のような感じです。

1)タスクが多いと混乱するので、ざっくりとでいいので優先順位を教えてください
2)曖昧な言葉の意味が分からないので、しつこく聞くことがあります
3)メールに複数用件があるとどれかを忘れてしまうことがあるので、数字を振ってください
など

 1)について
 第3回に書いたように、タスク管理が苦手です。
 本の発売直前は販促のチラシ・POPの作成、Webでの宣伝、この連載、本を送るリスト作成など、原稿よりも<やることの種類=タスク>が多くて、けっこう混乱しました。
 Kさんに一定の目安を決めてもらうと、かなりやりやすくなりました。
 2)について
 臨機応変な対応が苦手なため、「ケースバイケース」「場合に応じて」などは特に悩んでしまいます。
 実はこのとき、「ケースバイケースだけど、たとえばこの場合は…」などと1つだけでも例を教えてもらうと、それをヒントにして考えられるので、かなりラクになります。
 3)について
 短期記憶が極端にダメなので、メールに複数用件が書いてあった場合、ひとつに返事しているうちに他の用件を忘れてしまうことが多々あります。
 用件に数字を振ってもらうと、「1は返事を書いたな、次は2」などと、モレがないかどうか確認しやすくなります。

 そして2019年5月に本の発売が始まり、5月末にこの連載が始まりました。タイトルは、これまで発達障害について発信してこなかったぶん、思い切って「ASDの私が雑談本を作るまで」としました。
 「会話のきっかけレシピ」は、「レシピ」で雑談の悩みをラクにする話ですが、私には、実はまだこんなに悩みがありました。本にも書いたように「悩みはすっかりなくなるわけではない」のでしょう。
 このドタバタした「舞台裏」を読んで、「ん? 自分の悩みと似てるかも」と思ったら、本を手にとっていただけると、とてもうれしいです。

(終わり)

枚岡治子(ひらおか はるこ) 1975年大阪府生まれ。大阪市立大学大学院前期博士課程修了後、IT企業につとめ、現在はパソコンインストラクターおよびライターとして活動。「普通」と福祉・医療のスキマにできる悩みに関心がある。


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