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人生とは、実に"面白い"ものだ

昨夜は18時過ぎに床に就いた。19時にはスヤスヤと眠っていただろう。
「充分寝足りた。もう2時くらいだろうか」と思って起きたところ、まだ22時だ。まだ3時間しか寝ていない。
昔なら、これでなかなか寝つかれないでイライラするところだが、生まれ変わってまだ1歳の幼児である。「眠れないのなら、起きて事務所に出かけて一仕事でもするか。その内、眠くなったら、事務所でも帰宅してでも、その時眠ればいい。日曜日は、18時からの[六旗会]があるだけだ。それまでに、2時間ウォーキングでもすればいい」と思うと気楽なものだ。サラリーマンはこうはいかない。

[六旗会]
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そんなことで、サラリーマン(宮仕)とオーナー経営者(自営業や自由業を含む)の心の持ち方の大きな壁について、改めて考えてみた。

昭和30年代後半だったろうか。ハナ肇とクレージーキャッツが、「ドント節」という"無責任なサラリーマン"が謳歌する高度成長時代の歌謡曲を歌って流行させた。

[ドント節]
サラリーマンは
気楽な稼業と 来たもんだ
二日酔いでも 寝ぼけていても
タイムレコーダー ガチャンと押せば
どうにか格好が つくものさ
チョッコラ チョイと
パァにはなりゃしねェ アッソレ

ドンと行こうぜ ドンとね
ハ ドンガラガッタ
ドンとドンと 行きましょう

サラリーマンは
気楽な稼業と 来たもんだ
酒を呑んでも デイトをしても
三度に一度は おやじのツケさ
遠慮するなよ グッとあけろ
ツケのきく店 また探そ アッソレ

ドンと行こうぜ ドンとね
ハ ドンガラガッタ
ドンとドンと 行きましょう

サラリーマンは
気楽な稼業と 来たもんだ
社長や部長にゃ なれそうもねえが
停年なんてのァ 未だ先のこと
競輪競馬に パチンコ マージャン
負けりゃやけ酒 又借金 アッソレ

ドンと行こうぜ ドンとね
ハ ドンガラガッタ
ドンとドンと 行きましょう

しかし、サラリーマンはそんな気楽な稼業ではない。
今も昔も、真面目に勤めているだけではなかなか出世はできない。くだらない忖度をしないと出世はできないのだ。

この私でも21年間の銀行員生活は結構好き勝手をしていたと思うが、それなりに、不本意だったが、時にはくだらない忖度をしたことも一回どころか数えられないほどあった。私以外の人たちは、その忖度の数と言ったら、星の数ほどあるのではないか。

毎月1回の給料と年2回のボーナスは、その額の多少はあるが、確実にその人の銀行口座に振り込まれてくる。それがあるから"気楽に稼業"と言われるのだが、人間の本質的なところでは、決して気楽ではない。私は、辛い職業だと思う。もうサラリーマンには戻りたくはない。

私のサラリーマン生活は、大学を出て、44歳6ヶ月まで安田信託銀行に21年あまり勤めた。よく勤めたものだ。
銀行を中途退職して、その後は、規模は違えども、大企業ではないオーナー企業に2社勤めた。
オーナー企業は、どこもかしこもオーナー色が強烈だが、それもピンからキリまである。
いい悪いではないが、才覚があって、私利私欲で生きてきたオーナーがほとんどだ。そうでなければオーナーなどやってられないのだろう。

どうも私のような甘ちゃんの綺麗事で生きている人間は、オーナーに言われてしまう。
「世の中、小林のような甘ちゃんでは生きていけない。東大卒の甘ちゃんは大企業のぬるま湯で生きていけばいいんだ」と。

そして、私は、「こんなオーナー会社はどうしても私の肌には合わない」と思って退職してしまうことになる。退職せざるを得なくなる状況に陥るのだ。

そして、平成16年(2004年)1月に、明治生命と安田生命が合併して、明治安田生命になるというので、平成15年(2003年)の年末に、明治生命の関連会社である明治生命保険代理社がエージェントの募集をした。
私は、エージェントならサラリーマンではないし、私でも務まるかなと思って応募したわけだ。
しかし、なかなか採用には至らない。

採用担当者は、私に、
「東大法学部を出て、銀行人事部に7年以上も勤めて、そんな人が生命保険エージェントなど務まるものか。頭を下げることができるとは思えない。サラリーマンではないエージェントと言っても3ヶ月の間、営業をするための資格を取るために給料を払うことになるのだ。毎月30万円、3ヶ月で90万円をドブに捨てることになる」
と宣うのだ。
「何を馬鹿なことを言う」と口答えをしたくなったが、所詮こちらが採用していただく立場だ。
「何とかなりませんか」と下手に出て、拝み倒した。
そして、それじゃ採用してみるかと言ってくださったのが、それから今まで、20年に亙りお付き合いいただいている永田健士さん(MYパートナーズ顧問)だった。
こうして、何とか首の皮一つつながって採用されたおかげで、元気溌剌とした今日の私がいる。
そして、借りたご恩は一生掛けてお返ししなければならない。それが人間として当然の生き方だろう。

義理と人情を秤にかけりゃ
義理が重たい男の世界
(唐獅子牡丹)

義理が廃ればこの世は闇だ
なまじとめるな夜の雨
(人生劇場)

おれの目を見ろ何にも言うな
男同士の腹の中
(兄弟仁義)

3年間、生命保険エージェントを務めたが、生意気にも、「私はこの仕事をするために生まれてきたのではない」との想いが強くなった。

深沈厚重なるは、これ第一等の資質
磊落豪遊なるは、これ第二等の資質
聡明才弁なるは、これ第三等の資質
(『呻吟語』呂新吾著)

私は決して聡明才弁ではないが、稲盛和夫さんの教えを学び続けることで、心を高めて"深沈厚重"な人間になろうと思った。

それで55歳になって個人会社(南青山ビジネスパートナーズ)をつくり、還暦を過ぎた61歳に、NPO法人 OUEN Japan をつくったのだ。

稲盛和夫さんが塾長をされている[盛和塾]には、前職のオーナー企業の代表のおり入塾していたのだが、会社を退任したので盛和塾も退塾していた。
今度こそは、稲盛哲学をしっかり勉強しようと思い、東京の盛和塾にお願いして、2度目の入塾を許可していただいた。

私はサラリーマンを経験して、ほとんどのサラリーマン経営者の限界を知った。
また、オーナー企業に勤めていた時には、私利私欲にまみれた志が低いオーナー経営者の醜さを垣間見た。

そんなことがあって、私はやはり、一匹狼、一匹パンダ、ドラえもんの小林スタイルで、独り立ちした人生を生きることでないと、幸せな人生は送ることができないと、心からそう思うに至ったのだ。

私は、本当に、お金とはからっきしご縁がない。
しかし、お金は天下の回りものだ。
「世間で大仕事を成すのに評判ほど大事なものはない。評判のあるところにお金は自然と集まってくるさ」と、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の坂本龍馬の台詞を真似て、そんな減らず口を叩いている。

まもなく71歳になろうという老人ではあるが、ますます元気溌剌に生きている。あと30年は、バリバリの現役を続けたい。あわよくば、120歳で大往生と行きたいものだ。

そして、サラリーマンの経験と、オーナー(の一挙手一投足)を身を以て実感してきた私が、サラリーマンとオーナー経営者と比べて、一番に思うことは、

サラリーマンは、概して志が高い人は微小ということだ。
勿論、志が高い人はいることはいる。若い時の私も含め、ほとんどの人は一番に出世がある。それからスタートでいいが、人生の頂点を目指すのなら、崇高なオーナー魂を持つことだ。
最近の草食男子は、その私利私欲もない。淡々と人生を生きている。それはそれで、私に言わせれば寂しいことだ。

サラリーマンで、大義を思って仕事をする人がどれだけいるのか。
無私の心、忘己利他(もうこりた)の心を持つことは、それは仏様のようなもので、そんな人はそんじょそこらにいるものではないが、そうなろうとして日々の反省をして生きている人がどれだけいるだろうか。

私は、それは私にはどだい無理なことだと思って、私を滅して公に奉仕する"滅私奉公"ではなく、私を活かし、公に奉仕する"活私奉公"の心で生きることならできるのではないか。
それは天台宗の創始者である最澄が説く"忘己利他"ならぬ"自利利他"の心で生きることをモットーにしようと生きている。生きてそのように行動している。そのため、反省と謙虚と感謝の心を絶えず持つことだと。

実際のところ、間々そうでない自分を見つけ、反省の日々を送る毎日だが、そう思って生きることが、人間を成長させるのだ、"自利利他"のおまじないが特効薬なのだと思って、自戒している。それが、毎日の朝の剃髪のひと時なのだ。

第二の生を送っていて思うことは、ここのどころ、「サラリーマンで出世をする」ことには、私の価値観から消えてなくなったことだ。
それは私が、もうサラリーマンができる人生を送ることができないということもあるだろうが、「生きるとは何か」「人は何のためにこの世に生を享けて生まれてきたのか」と、人間の生まれてきた意味を、人間の本質を、私なりに"追求"している、"追究"している自分がいると感じているからだと思う。

サラリーマンで出世した人に対しては、私ができなかったことでもあるし、それは尊敬に値すると心からそう思う。
また、オーナー経営者の才覚には目を見張るし、そのガッツには頭が下がる。
しかし、それに対し、私は決して卑屈にならなくなったのだ。人と比較することをしなくなったのだ。

"我れは、我れ也"
私が天から与えられた"誰にも負けない能力"を、宝の持ち腐れにすることなく、フルに活かすことによって、人のために世のために尽くすことをしようと思うだけだ。

人生、大義を持って生きること。
自利利他を極めて、忘己利他に行き着くこと。
人は、人のために生きる生き物である。
"自分のために生きる"ことを極めて生きると、それは"自ずと人のために生きる"ことになる。


私が何かその人のためにして、その人に"感謝の心を言葉や態度で示される"と、それによって自分の心は幸せになるのを実感するのだ。
それは、私が一匹狼・パンダ・ドラえもんの独り立ちをしたことで、強く実感することになったのだ。

何でも経験だ。
サラリーマンをしていて、良かった。
オーナー企業に勤めていて、良かった。
どん底を経験してみて、良かった。
人生は何があっても、生きていて初めて、幸せになることができる。
人は幸せになるために生まれてきたのだ。

もう日が替わり、夜の1時半を過ぎようとしている。
ちょっと一休みするか。
早いが朝風呂に浸かって、仮寝したら、夜も明けるだろう。

不動院重陽博愛居士
(俗名小林博重)

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