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「コート」※暗いんだか無茶苦茶なのか分からん話し。


妻様が僕が死んだら生きていけそうもないと言う。
「じゃあ、生活力付けて下さい」
そう言うが、全くその点は向上心がゼロである。

一度妻様は若いので、昔に反抗期で出て行き、離婚した事がある。
僕は傷心から少しずつ立ち上がり、知人に暇なら陶芸でも如何かとススメられ、その気になっていた。
ゴーストみたいな定番な出会いに期待しないにしろ、人と関われば元気も出ると思ったのだ。

前向きになった僕は、化粧を久々にし新しい出会いにでもと写真を拵える。
それを知人から知り、慌てて今の妻様が戻って来たのだ。

久々に喫茶店で普通に話す。
喫茶店の常連客と話すのと、何ら変わりない。
然し、君は血相を掻いて写真を観るなり、
「やっぱり駄目!」
と、言った。
君がいなくなって次の春の事だ。

「今まで僕が居なくても生活出来たんだ。これからだって…きっと大丈夫だよ」
僕はそう答える。
喧嘩した日が、遠い昔の様だった。
「久々に化粧したからって酷いなぁ」
そう苦笑う。

その後の話の流れで、出て行ったばかりの時と変わらず、相変わらず何も無いのだと言う、君のアパートの一室に行く。

呆気と言うか、絶句…に近いだろうか。

全く、飛び出した当時と変わらない。生活感ゼロなのだ。
「あの…ご飯は食べています?」
シンクは乾燥し切って、干涸びた様に当初からあった水垢が薄ら白く…否、濃くなった。

食器は…無い。
明らかに足りないのに調理器具さえ買っていない。

君は食欲が無いし、スーパーの残り弁当で十分だと薄笑う。
オーブン機能すら無い、玩具みたいな軽く安いレンジを誇らしげに使えるのだと話す。
「良いから、何でも食え!」
そう言って、僕は半ば強引にこの生命力薄れ切った君を連れスーパーへ行く。

痩せた…手首…。

お洒落だけは欠かさないから、時々行き付けだった喫茶店で姿を見たものの、気付けなかったんだ。
フルーツ、サラダ、レンジで直ぐ取れる消化に良さそうな肉をと思考をめぐらし、焼売を買った。
それだけ買って部屋に戻り、久々に二人で食べる。余りに食べていなかった君は少しずつ口に運んでいた。
薄く微笑んだあの疲れた笑顔は、今も忘れられない。
広いのに、古びて静か過ぎる部屋だ。
生活感が無いからか、妙に閑散として感じた。
表では芝を刈る音がする。
販売する為の芝で青々と美しい。
刈った芝の香りが君は好きだと言った。
青い新緑の香りが漂う。
なのに、その部屋の何もかもが死んでいた。

「死のうとしたの…」

「えっ?」

僕は箸を止めた。
幸せになった筈の君が?と。
以前から鬱病があったのは知っていた。
けれど、行動に移す事は僕の前では無かった。
僕を引き止めようとしてした事だと思われたくなくて、黙っていたらしいのだ。
詳しく聞くと、自殺未遂を3回もしていたのだと言うではないか。

「一時避難だよ」
僕はその日君を再び、そう言って自立する迄面倒をみようと思った。
一緒に我が家とアパートを行ったり来たりする日々が始まった。

アパートに置き去りで、君が開きもしなかった紙袋を僕は君の前で開けた。
「ちゃんと一式、入れておいたのに……」
と。
その紙袋の取手には薄水色のリボンがある。

君の為に最後に出来る事だからと、僕が付けたのだ。
……もう二度と、君に何かを作って上げる事も、一緒に食べる時間も無いと分かっていたから。
中には、君のお茶碗、お箸、お椀、必要だろうお皿一式。
君が其れを知った時、皮肉にもまた二人でいるなんて。
あの日君は其れを知り、何で今頃と泣いた。

そんな何故か別れた筈なのに、二人で二つの住まいを行き来する生活を数ヶ月。
二人共に実家暮らしから籍をいれたので、まるで初めからお互いが独り暮らしだったようで、楽しくも感じていた。

君は笑う事が増え、僕はその度に近い別れを感じ覚悟はしていた。

ただ、君は眠る時…昔と違って、独りで眠れなくなっていた。
小さく震え続け、僕は腕を貸し何度も大丈夫だと繰り返す。
其れが何時迄も直らぬままの君に、僕はある日こう言った。

「次は……✖️(バツ)2になってしまいますね。ちゃんと責任……最後迄取ってくれますか?」

庭は異様に広く、母も祖母も他界し、父と姉は外に暮らす、二人には使い切れない広さの僕が継いだ実家。
……そろそろ修繕にも何かと手間が掛かりそうな一軒家の管理に在り余り、老後は病人では管理が難しいだろう。
……そう話し、オリンピックを期に上物も片付けてくれると言う土地の買い手を見付け、妻様と今のマンションでのんびり暮らしている。

今は一生涯暮らしていてくれと頼まれる始末で、管理も行き届き、住んでいる人は挨拶も明るく優しい……平和そのものだ。
妻様が安心して眠れるのも、将来不安が消えたのも一理あるだろうし、僕が落ち着いてのんびり書いているのもある。
妻様と言えば、独りでも部屋同士の扉を開けていれば、引っ越しの際に買った広いベッドとふかふかの布団で安心して…今度は寝過ぎる程だ。

お陰でウィスキーをちょいと片手に、今の黒影紳士を再び書き始めたのだから、良しとしよう。

問題は…

「なぁ?僕が先に倒れたら…君、家事大丈夫ですか?ご飯…食べさせて貰えますかね?」

家事レッスンのトレーニングサボりを早、数年。
お付き合いから五年で入籍。
今日で結婚15周年である。

そんな今日、僕は知らされた。
「戸籍上はバツは付いてないですよ」
と、妻様が言う。
「はぁ?」
呆気に取られる僕に妻様は、
「親父が嫌で届けを出さなかったから」
と、続けた。

ふと思い返すは、再び一緒になると伝えた時の妻様のお父様の反応である……。

「いやぁ〜良かった。他の人じゃあいつ駄目だから。まともに暮らせもしないし、死にたがるし。これで安心だ、安心だ。そうだ、少しは何かあった時に、家事でも教えてやってくれないか。」

独りだと如何しようもない君。
一緒にいても当てにはならない君。

でも…

「毛玉取るって言っていたけれど、大変だろうから」

そう言って、君が自分の為に買ったばかりの、黒影にそっくりのコートを僕にくれた。
今年は気候の所為か、自律神経が良くない君の代わりに買い出しが増えた僕。
確かに、普段とは違ってここ最近は手が回らなかった。

毛玉が出来てしまったコートと似た生地なのに…
何故に温かいのでせうね。

君がくれたと言うだけで。

独り夜空の下を歩きましても
本日、独りの寒さを温めるは
やはり君の優しさで御座いました。


ーー君に捧ぐーー🌹
15周年ですね。
次の祝いには、少しは家事を覚えましょうね。
一緒にいてくれて、有難う💐
ずっと……変わらずに、喧嘩しても、また離れる事があろうと、君だけを愛しています。

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。