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ニューヨークのブルックリン橋の下で聞いた「夢に好かれる生き方をする」という話

 ブルックリン橋から見える空は青かった。初めてのニューヨークで、この巨大な橋は「やれるだけやったらいいんじゃない?」って笑いかけてくる古い映画のポスターみたいに、届きそうで届かない偉大さを感じさせた。

 橋が見える芝生に腰を下ろすと、平日にも関わらずたくさんの人が思い思いに過ごしていた。リュックに頭を乗せて、寝転んで空を見る。風の音と人の声とが、心地よいようで少しだけ痛ましい。来るだけなら誰でもできる。その先へ行くには、どうしたらいいだろう。

 早い息づかいが聞こえて顔を右に向けると、舌を出したビーグル犬が近づいてくる。リードを全力で引っ張る犬は、昔の犬に似た穏やかで好奇心にあふれた目つきをしていた。

 冷たい鼻をつけてくる犬の頭をなでて挨拶する。リードを持つのは太い眉毛の年配の男性だった。頭部は薄くなっているのに、口ひげも濃い。人間の毛の生え方は不思議だな、なんて勝手に思っていると、男性から声をかけられる。彼はメキシコから来て、ニューヨークに移住したんだという。

「ここに住んで四十年になる。いろんなことをしたよ、騙されたりもしたし、差別にもあった」

 彼の苦労を私が分かるのは難しいだろう。それでも、故郷に帰らずにここを選んだのはなぜだろう。

「見栄だよ、見栄。ニューヨークで暮らすことがかっこいいと思ってたんだ。ただそれだけ。張った見栄のせいで、苦しくなっても帰れなかった」

 彼は私の横に座り、犬を抱きかかえる。犬はハッハッと呼吸しながら、周囲をどこともなく見ている。

「見栄だったとしても、それを貫くってすごいです。なかなかできることじゃないから」
「途中でやめられるっていうのはね、周りに許してくれる人がいるってことだよ。それはそれで素晴らしいことさ」

 その言葉は私の過去につけられたヒモを引くようだ。いくつかの思い出が、喉を伝ってきて、火傷をするように骨が痛む。

「絶対にここで暮らすんだって思ってた時は、うまくいかなかったんだよ。ここで生きるんだって気持ちばかりが空回りして」
「どうした時に、うまくいき始めたんですか?」
「どうしたら気に入られるだろうって考えたんだ。この町に。この町にふさわしくなるにはどうしたらいいんだろうって」

 必死で生きている時より楽になったと彼はいった。

「自分の夢に気に入られるには、どうしたらいいかなって。夢が恋人だったとして、どうしたら自分のことを好いてくれるかって考えたんだよ。そりゃーもう、なんでもやったさ、毎日ゴミ拾いだけして歩いてたこともある」
「いい女だったってことですねぇ」
「はっはっ。そういうことだ」
「ついにあなたはその女性を射止めた」
「そう、夢に好かれる生き方をしろ、そしたら大体のことはうまくいくもんさ」

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