リバティ・アイランドで聞いた「チャレンジの敵は安定」という話

 二度目のニューヨークの時には、自由の女神があるリバティ・アイランドまで渡った。ボートが島に近づくと、乗客が一斉にカメラを構える。私も当然その一人。女神を見上げていると、人の作った巨大な像が、どこか心の支えになることが実感として分かるような気がした。
 リバティ・アイランドに来ると、ここに来た記念に証明書を発行してもらえる。せっかくなので証明書の手続きをして、それから島の中を歩き回る。予約をしていなかったので、女神の中には入れずに足元をうろつくだけ。予約をしていれば、頭の部分にまで入れるようだ。
 島内に女神をスケッチしている男性がいて、私はしばらくその絵を見ていた。スケッチブックを縦に抱えて、青い色鉛筆で線を走らせる。形を取るような線を引かずに、ほとんど一筆で輪郭を正確にとらえる技術に圧倒される。ものの十五分ほどで女神の顔が浮き上がってきた。私は近くに寄って話しかける。

「すごいですね」
「ありがとう」
「アーティストさんですか?ニューヨーク在住?」
「うん、ブルックリンに住んでるんだ」
「へえー、すごいなぁ、うらやましい」
「この町にはアーティストが多いから、アーティストなだけじゃ珍しくもないよ」
「もともとニューヨーク出身なんですか?」
「いや、メキシコから来た」

 ちょっと丸っこい発音はメキシコの特徴だろうか。彼はニューヨークに来て二年になると言った。ふだんはレストランで働いているらしい。彼にとって初めての海外で、そのまま住み着いてしまったようだ。アニメが好きで、小さい頃からキャラクターの絵を書いていたが、アートやデッサンを習ったことはないらしい。

「独学かあ、それでこんなにって本当にすごいなぁ」

 私がしきりにGreatを繰り返すので、彼は肩を揺らして笑う。

「んー、でも今は自分の絵が描けてるわけじゃないからね。誰かの真似なんだ。誰かの描いたものだったり、ほら、自由の女神だったり」

 私は見事に描かれた青い自由の女神を見て言う。

「アートをやっていきたい感じ?」
「うん。初めてニューヨークに来た時にさ、セントラルパークで絵を描いてた人を見かけたんだよね。青い絵で、大きいキャンバスに。油絵かな。細身の黒人で、ダークレッドの帽子をかぶってて、ただ真っ青なんだ、画面が。それがすごく綺麗でさあ、自分が今まで考えたことなかったような世界で。なんだこれって。単にちょっと息抜きで来たつもりだったんだけど、その後いろんなギャラリーも見て回って。すげーなって、もうちょっと見てたくなったんだ」
「それでそのまま?なんか暮らすって大変っぽいこと聞いたけど、すごいですね」
「運がよかったんだね」
「それだけじゃない気がするけど。すごいなぁ、すごいなぁ」

 他の国に暮らし続けるというのは、それなりに大変だろう。私はオーストラリアに九ヶ月いたことがあるけど、もともと帰る前提だったからやっていけたと言える。日本以外の国にずっと住み続ける覚悟はできない。

「けっこう大きなチャレンジの気がするけど、どうして踏み出せたんだろう」
「あー、それは簡単だよ、もともと安定した生活をしてなかったんだ。今も変わんないけど。安定してるとそれを壊すのが惜しくなるだろう?安定してなければ、いつだって踏み出せるんだよ。怖いのは安定を壊す時だけさ」
「安定かぁ、そうかも」
「うん、チャレンジの敵は安定だけだよ。自分を安定させているものを最初に手放せれば、あとは軽々飛べる。足元の石がぐらついてたら、飛ぶしかないんだからね」

 他のアングルからの絵を描きに行くという彼とはそこで別れる。私は女神を見上げて、自分自身の「自由」について、思いを巡らせた。


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