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ウサギのマリー 第13話

 信じないと決めているのに、ギルの言葉は心に爪がかかったように捨てきれない。

「勝手についてくれば」

 世界を注意深く見るんだ。一つの変化も見逃さないように。窓ガラスにぶつかって死んだ蟷螂が最期に見る景色を手繰るみたいに。目をなくして手のひらで空を掻きながら足の裏だけで誰かを探すように。
 強く息を吐いてマリーは歩き出した、大通りに向かって。

 パレードが行われていた大通りからは人影がなくなり、目や耳、腕が取れたぬいぐるみたちが薄紫の路上に散らかっていた。病院の裏手からタンカを抱えた白衣のクマたちが現れ、倒れたぬいぐるみを次々と片づけていく。マリーは病院の入り口を見ながら、握りしめた左手を額に当てた。そのまま目をつぶる。何かおかしい。どこか、違っている。

「あ、道の色が」

 マリーが病院を出た時、大通りの色はこげ茶色だった。ビターチョコレートのパッケージのようなこげ茶色。それが今は、薄い紫に変わっている。よく見るとほかにも、病院の建物全体が青みがかっているし、それに、病院と隣の建物との間がさっきよりも広くなっている。高さも変わっているようだ。
大通りを離れてからそんなに時間が経っていない。なのに、この変化は。

「新人さんかい」
 マリーが振り返ると、亀のぬいぐるみが二本足で立っていた。マリーの半分くらいの身長で、甲羅はやわらかくてフワフワした生地でできていた。

「夜が通り過ぎたんだよ。ほんの一秒だけ」
 返事もしていないのに亀は勝手に話す。睨むような目つきと半開きの口。しゃべっても話しても表情が変わらないから心が読めない。

「どこへ行ったか知ってる?」
「口の利き方を知らない新人だね。タダで教えてやれることなんて何もないよ」
「何をすればいいわけ?」
「そうだねえ、その首を置いていきな」
「首?」
「かわいいウサギの顔が欲しかったんだよ。笑顔もいい。こんな亀の顔じゃ恋人もできないからね」
「顔だけ欲しいってこと?」

 亀の身体にウサギの頭が乗ったところを想像する。「それってバカじゃない?欲しいなら全部変えてもいいけど。私、別にウサギがいいわけじゃないし。笑顔とかキャラじゃないからね」
「全部を変える?」
「あなたが亀を脱いでくれたら、私がそっちに着替えるから」
「着替える?」

 亀は半歩後ずさる。平たい両手が亀の顔の前で止まった。「中身があるのか、おまえ。人間か?」

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