イラストレーターの女性の言う「失敗した時のほうが相手を恨んでしまうもの」の話

 デンマーク最北端の町スケーエンのレストランで日本人女性とデンマーク人男性のカップルに会った。ランチタイムを過ぎて人が少なくなったレストランに黒髪の女性がいたので珍しいなと思っていたら、彼女のほうもそうだったらしい。木彫が多く飾られている店の二階で写真を撮っていたら、彼女たちも階段を上がってきてハローと声をかけられた。
「日本人?」
「そうです、珍しいですよね」
「スケーエンまで来る日本人ってたぶんほとんどいないよね」
 日本語が話せるのがうれしくて、私は彼女に誘われるまま同じテーブルで食事をすることにした。男性は日本語がほとんど話せないようだったけど、気にせずに二人は日本語で話したらいいと言ってくれる。

 私が頼んだのはデンマーク名物の魚のすり身コロッケ。付け合わせにベリーが添えられていて見た目がかわいらしい。彼女も同じ物を頼んでいたけど、食べ終わるのが私のほうがはるかに早くて恥ずかしくなる。彼女はいつも食べすぎてしまうから、意識的に時間をかけて食べていると言った。

「海外で長く暮らしてる時に、大変だなぁって思うことってありますか?」
 先に食べ終わった私は口元をナプキンで拭きながら彼女に聞く。
「すごーくいっぱいあるけど、一番はやっぱり言語かなぁ」
「デンマーク語ですか? 英語?」
「デンマーク語はさすがに分かんない」
 彼女は軽く笑ってすり身のコロッケの小さい欠片を口に入れる。
「私、イラストレーターをやってるんだけどさ。オーダーの細かい部分を間違ってしまうことがあって。たまになんだけど」
「英語が分かんなくてですか?」
「うん。正確に言うと、私が間違ってるわけじゃない時もあるの。向こうのオーダーが間違ってる時も。メールを辿るとそれは明らかなんだけど、私の英語のほうが拙いから、だいたい向こうは何かあると私が間違ってるって思っちゃうのね」
「おお、最初からこっちが悪いって思われてる感じですか? それは辛いですね。ビジネスでやり取りする時は、言葉の細かいニュアンスまで分かってないと誤解が起こりやすそうだなぁ」
「うん。でもなるべくね、相手にミスをさせないようにしたいなって思ってるんだ」
「相手にミスをさせない? 自分がしないではなくて?」
「ふふ、それはもちろんそうなんだけど、相手にミスしちゃったって気持ちにさせるのもあんまりよくないと思うの。最近気づいたんだけど」

 昔、明らかに相手の連絡ミスで仕事が遅れてしまった時に、彼女は資料をまとめてミスを指摘した。外国人だからってバカにされたくない、ちゃんと仕事ができることを示さないとみたいな思いもあったんだと彼女は言った。

「私のほうが正しかったわ。でも、正しいことを主張したおかげで、相手にはちょっと恨まれちゃったかもしれない」
「ええー、でも、相手が間違ってたんですよね? それは相手が悪いのでは?」
「そうなんだけど、そこまで強く指摘することでもなかったかもしれないって今は思ってる。相手がいけないんだって私も思ってたし、その時は私のせいにもなりかねないことだったから、私も必死だったんだけど。さんざん主張して、向こうの責任だったっていうことになったんだけど、なんかね、誰も幸せにならなかったの」
 私はグラスの水を舐めるように飲みながら、彼女の話を聞いていた。そもそもなにかのミスが起こった時、幸せになる人なんているだろうか。

「責任の所在をはっきりさせないといけないこともあるかもしれないけど、この時はそういうのはいらなかったなって。挽回するにはどうしたらいいかとか、再発防止にはどうしたらいいかとかをもっと話せばよかった。誰かが悪者にならないといけない時って、周りの人もちょっとずつその悪い部分を受けてしまってる気がしたから」
「悪者にかぁ。自分もなりたくないし、なりたくないせいで視野が狭くなってることもあるかも」
「そうなんだよね。それからは、相手になるべく失敗させないようにってことを考えてるんだ。自分自身にもだけど、失敗しちゃった時の方が相手を恨んじゃうし、自分のせいの時でも素直に謝れない時だってあるからね。誰にも失敗させないこと、誰も悪者にしないことを今は考えているかな」
 彼女はすり身コロッケの最後のひとかけらを口に入れる。

「そういう社会なら、私も悪者にならなくて済むからね」

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