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雷に打たれる日は来ない

前回紹介した、ガートナー社の2023年のハイプ・サイクルの記事のなかに、創発的AI(emergent AI)という気になるキーワードが登場します。

ジェネレーティブAIは、今回のハイプ・サイクルの重要なトレンドであり、イノベーションの新たな機会を生み出す創発的AI(emergent AI)という、より広範なテーマに包含される。

Gartner Places Generative AI on the Peak of Inflated Expectations on the 2023 Hype Cycle for Emerging Technologies(Gartner)

創発(emergence)とは、部分の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れることです。複数の相互作用が複雑に重なり合い、個別の要素からは予測できないような全体像を構築することを指します。

シロアリの塚は、自然界における創発の一例です。一匹のアリはとても小さく、意志を持って計画的に行動することはできません。しかし、複数のシロアリによって作られた塚は、信じられないほど複雑で立派なものです。

シロアリの塚(Wikipedia)

進化論においては、個々の個体による相互作用のほかに、環境との相互作用という側面も加わります。生物が環境に適応できなくなったとき、突然変異によって従来はなかった能力が生み出される、といった現象もまた創発と呼びます。

AIの創発的能力とは?

生成AIに使用される大規模言語モデル(LLM)には、創発的能力(Emergent Abilities of Large Language Models)という現象が起きるという説があります。

LLMのトレーニング(機械学習)量やパラメーター数などをどんどん増やしていったとき、それらがある閾値を超えた時点で飛躍的に性能が向上するそうです。

Characterizing Emergent Phenomena in Large Language Models(Google Research)

GoogleのCEOであるサンダー・ピチャイは、同社のAIが学習していないバングラデシュ語のプロンプトに適応したと延べています。

私たちが話した AI の問題の中で、最も謎に満ちているのは創発特性と呼ばれるものです。一部の AI システムは、期待されていなかったスキルを自ら学習します。これがどのようにして起こるのかはよくわかっていません。たとえば、ある Google AI プログラムは、知識の訓練を受けていないバングラデシュ語で指示を受けると、独自に適応しました。

Is artificial intelligence advancing too quickly? What AI leaders at Google say(CBS NEWS)

AIの創発的能力については否定的な意見もあるようですが、私たち人間の学習と重ね合わせて見ると、とても興味深いです。

人間における創発的能力

例えば英語を学習している人が、ある日を境に突然聞き取れるようになり、そこから飛躍的に喋れるようになるといった話を、聞いたことはないでしょうか?

また、ある分野で一流として成功するには、1万時間もの練習・努力・学習が必要であるという「1万時間の法則」というものを、耳にしたことはないでしょうか?

いずれも賛否両論ありますが、経験値の蓄積が新たな能力を育むというのは、ありそうな話です。

余談ですが、一流を目指さなくても良い場合、たいていのことは20時間で身に付くという説もあります。

組織における創発的戦略

組織論やナレッジマネジメントの分野には、個々の能力や発想を組み合わせて、計画や意図を超えたイノベーションを誘発する、創発的戦略という考え方があります。

創発的戦略とは、事前には計画されておらず、ときに偶発的な要因で生じる「意図されなかった行動の集合体」によって構成される。これが結果的に直接的な成功要因となり、さらに事後的なパターンとして観測され、経営戦略として認知されるのである。

「経営戦略」をいかに定義するか(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー)

通常、経営戦略と聞くと計画的戦略が思い浮かびますが、いつも計画通りに物事が進むとは限りません。計画になかったことが起こり、それを乗り越えるために戦略が浮かび上がってくるというのが創発的戦略です。

計画的戦略と創発的戦略は、どちらか一方を採用するという類のものではなく、両輪で回していくものです。トップダウンの計画的戦略、ボトムアップの創発的戦略という2つの性質の戦略が、ひとつの組織に混在しています。

想定外の出来事が頻繁に起きる現代には、状況の変化に対する柔軟な対応が求められるため、創発的戦略を求められることが多いかもしれません。

ボトムアップの創発的戦略においては、メンバーひとりひとりの考えやアイデアが重要になります。チームの経験値を掛け合わせてこそ、新しいアイディアやクリエイティブな成果を生み出すことができるのです。

仕事に対するモチベーションが低く、指示されたこと以上の仕事をやろうとしない、静かな退職者ばかりの組織では、変化に対応する戦略を生むことは難しいでしょう。

その日が来るまでに経験値を積もう

創発的戦略において重要なポイントは、行動した結果から勝ち筋が見えて、戦略が生まれるという点です。AIであれば相応の機械学習やパラメータが、人間であれば相応の知識と経験が必要になるということです。

多くの人は、勝ち筋が見えてから行動しようとしますが、そもそも経験値を上げないと勝ち筋は見えてこないのです。行動なくして戦略なし

都市伝説的な話として「雷に打たれると異能に目覚める」という事例があります。事故などで脳に損傷を受けることによって、後天性サヴァン症候群を発症し、特定の分野で才能が開花するというものです。

ただ、これとてかつて学習していたピアノ演奏や北京語の能力が向上したということであって、何もしていないのに突然能力が備わったというわけではありません。

まとめると、創発的能力は経験値の蓄積と意図しない外的刺激の掛け合わせで発揮されるようです。エンジニアがバングラデシュ語のプロンプトを入力しなければ、AIの才能が日の目を見ることもなかったでしょう。

雷に打たれるような、極端な外的刺激を経験できる人はそうそういないでしょう。しかし、経験値がある閾値を超えた時点で飛躍的に能力が向上するとしたら、積み上げない手はないと思いませんか?

結局、その日が来るまでに準備ができていたものだけが、創発的能力を開花させることができるのでしょう。

では。


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