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京都で完璧なステーキ・フリットの肉は○○○○産だった!?

フランス人の「定食」

フランス人が最も好んで食べる料理は何だろうか。地域にもよるだろうが、少なくともパリ(近郊)では、ステーキ(一般に「ビフテク (bifteck)」という――日本の「ビフテキ」の語源)ではないだろうか。

(年代にもよるが)フランス人は基本肉食。鶏豚牛からジビエまで。それにありとあらゆる内蔵の部位を様々な料理法で楽しむ。その中で、家庭、そして外食でも最も頻繁に何気なく食べてしまうものはやはり牛肉のステーキだと思う。

いろんな部位をステーキとして焼くが、entrecôte(アントルコート:リブロース), faux-filet(フォ・フィレ:サーロイン), rumsteck(ロムステック:ランプ)など、そして最も高級とされている部位がchateaubriand(シャトーブリアン:フィレの最高級部位)である。私は、とりわけbavette(バヴェット:カイノミ)と呼ばれる部位の弾力、繊維の質、肉汁の出具合いが好みだった。それにシンプルにマスタードだけをつけるか、あるいは、ときにはエシャロットのソースやロックフォールチーズのソースなどをかけ、堪能した。

特にパリの15区に住んでいた頃、近くの肉屋の主人に気に入られ、私が買いに行くと、店頭に並んだ部位ではなく、わざわざ奥の倉庫から熟成させたバヴェットを出してきてくれ(日本の「熟成肉」ブームのはるか前だった)、「これが最高なんだよ!」と言いながら、そのどす黒い塊から一切れ切り出してくれるのだった。その妖艶なほどにも芳醇な香りと味のエロティシズムに、私の口はいつも歓喜の唸り声をあげていた…。

ステーキ・フリット。ステーキには、(日本ではフレンチフライドポテトと呼ばれる)細身のフライドポテト=「フリット」がつきものだ。ステーキ・フリットは、フランス版「カフェめし」と言っていいほど、どのカフェにも必ずメニューに載っている定番料理だ。それに必ずディジョン(ブルゴーニュ地方の中心都市)のマスタードが添えられ(絶対にアメリカのケミカルな(偽)マスタードはダメ)、そしてバゲットと赤ワイン。この5点セットで、完璧なフランス版「定食」となる。私も、月に何回か無性にこの「定食」が食べたくなったものだった。

ところが、である。日本に帰ってきて、この「定食」を探し求めても、なかなか理想的なそれに巡り会えない。もちろん、相応の「ビストロ」風の店に行けば、この「5点セット」は出てくるのだが、肉がどこどこの和牛で妙に脂っぽかったり、逆にアメリカ産やオーストラリア産で大味に過ぎたり、ポテトフライも大き過ぎたり短か過ぎたり、マスタードがディジョンでなかったり、バゲットもフランスのそれの「かろみ」がなかったり、赤ワインは妙に値段が高かったり…。あるいは、メニューにステーキ・フリットがあり、それに強く惹かれても、メニューには鴨だの子牛だのウズラだのが並んでいて、ついそっちに浮気してしまう…。

京都で「理想的な」ステーキ・フリットに出会う

ところが、である。京都に移り住んでしばらくして、夫婦で寺町通りに面したあるフレンチに入った。リヨン料理をベースにした品揃えだったが、その中にステーキ・フリットもあった。日本で何回も期待を外されていたので、一瞬逡巡したが、隣席のそれに目をやると、なにやら理想的な風情をしているので、思わず注文してしまった。

そして待つこと20分。目の前にそれが供された瞬間、私は思わずほくそ笑んでしまった。それは、まさに見まごうことなく「理想的な」ステーキ・フリットそのものだったのだ。でも肝心な味はいかん。一切れ肉を口に頬張った瞬間、ほくそ笑みは満面の笑みへと変わった(だろう:自分自身の顔が見られないのでわからないが)。「これだ!」 長年探し求めていたザ・ステーキ・フリットがついにこの日本で今私の口腔を歓喜に溢れさせている!

帰り際、手が空いたシェフに、ステーキ・フリットへの賛辞を述べ、ついでに肉の産地を尋ねた。彼の答えは、「アメリカ産です」だった。私は狐につままれるように唖然としつつも、あえて「アメリカ産」のこの肉を選んだシェフの感性と勇気に脱帽した。

熟成シャトーブリヤンによる「食育」

ところで、京都に住んでから何年かして、私たち夫婦は、北山に店を構えるある老舗の焼肉屋を営む一家と懇意になった。Slow Food Nipponで活動する妻と、食の思想で共鳴する一家、特に元オーナーの「おかあさん」とは、単なる「店」と「客」の関係を超えて、日本の(牛肉)食事情を改革する活動を共に繰り広げてきた。その「おかあさん」が、今や妻と娘たちが暮らす北海道・美瑛にやってきた。妻が所属するNPO主催のワークショップに参加するためだ。

美瑛から去り際、「おかあさん」は、世話になったお礼にと、昔から懇意にしていて、たまたま美瑛に住んでいる、「おかあさん」をして日本で最も牛肉を知り尽くした男と言わしめた人に、肉を頼んでおいたから、後日取りに行ってくれと言われた。

後日取りに行くと、それは熟成されたシャトーブリアンだった。その晩、塊をステーキ様の厚さに切り、何枚か焼いた。3人の娘(6・9・12歳)は、それを頬張った。瞬間、目を見張った。唸った。そして満面、全身、至福に酔いしれている…。

こんな「食育」があっていいのだろうか。

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