新宿からベイカー街へ! -FGOマスターのためのホームズ案内-
あなたはFate/GrandOrderをプレイし、長い戦いの末、ついに大切な後輩であるマシュとともに人理修復を成し遂げた。そして新たな戦いの場、悪性隔絶魔境「新宿」で彼の真名と彼らのただ一つの望みを知り、かつ、それを打ち砕いた。
万が一そうでないなら、速やかにこの画面を閉じてFGOを立ち上げ人理修復の旅に戻るか、各々の家庭や職場や学校に戻ろう。この記事は逃げないし、消えないし、時間制限もない。そして多大なネタバレを含む。
あなたは新宿での冒険をおおいに楽しんだ。他のプレイヤーの感想を聞くのも楽しかった。けれど、FGOだけをプレイしていたのでは気付かないこともたくさんあるのではないか、とぼんやり感じている。
ジェームズ・モリアーティ教授。
コナン・ドイルの書いた探偵小説「シャーロック・ホームズ」シリーズに登場する悪の天才。
FGO新宿におけるホームズやモリアーティの言動を理解するには、もちろんホームズ作品の知識があったほうがいいんだろう。でも、原作はなんだか多いし、長いし、FGOに取り入れられてるのは原作だけじゃなく二次創作もだと聞くし、ガチャ回しすぎて財布もちょっと心もとないし、いったい何に、どこから手をつければいいんだろう?
この記事はそんなあなたのために書かれた。
はじめに
私は以前Twitterでこんなことを書いた。
★FGO新宿をホームズクソオタクがプレイするとこういう風に発狂するという話
こんな怪しい記事の怪しいリンクなど踏まなかったあなたは賢明だ。かいつまんで説明すると、
・コナン・ドイルの書いた原作ホームズ作品(長いので以下「聖典」と呼ぶ)のジェームズ・モリアーティは、描写が少なすぎてどんな人間なのかよく分からない
・後世の人間はモリアーティに様々な空想・願望を付け加えて二次創作を行い、(ジル・ド・レェがジャンヌ・オルタを造ったように)魅力的なキャラクターを造り上げた
・新宿のアーチャーはこのようなホームズものの贋作(パスティーシュ)の集合体として変質した「悪役」であり、聖典モリアーティのオルタともいうべき存在である
つまり、FGOモリアーティを知るには、聖典とパスティーシュを知るのが一番分かりやすい、ということだ。
1.原作について知りたい
聖典はとっくに著作権が切れているので、あなたがもし英語に堪能な人なら、ネットで原文をまるごと読める。リーディングのスキルアップのためのガイドをしてくれるサイトまで存在する。
有志が日本語に翻訳してくれているページもある。時代背景や台詞の分析などもあって、これが無料でいいのか、というくらい楽しい。念のためおことわりしておくと、どちらのリンクもまったく安全で、怪しくない。
★コンプリート・シャーロック・ホームズ
ホームズ作品はほとんどが短編の集まりなので、あなたは順番を気にせず好きなものからどんどん読んでいける。ただ、上のサイトにはそこまで深く踏み込んだ注釈や解説はない(翻訳や注釈というのはクリエイティブな仕事だから、原作とは別にそれぞれ著作権で保護されている)。
そのときは、あちこちの出版社が出しているコナン・ドイル全集やホームズの注釈書をぜひ手にとってほしい。お気に入りのエピソードができたら、図書館で何種類もの翻訳を読み比べる、なんて贅沢もとても素敵だ。
いや、ちょっと待って。新宿をプレイするのは楽しかったけど、もともと推理小説や探偵小説にそんなに興味はないんだ。いきなり大量に出されても困る。もちろんそんなこともあるだろう。とにかく大急ぎで最低限の設定を把握したいなら、第一作めを読むのがいい。
★「緋色の研究」(ホームズとその生涯の親友であるワトソン医師の出逢いを描いた記念すべき長編。そしてFGO風にいえば、恩讐にとらわれた復讐者の物語でもある)
これ以降、二人はワトソンの結婚やホームズの「死」で何度か離れつつも、長年にわたってベイカー街221Bで共同生活を続ける。(……熱心なファンに怒られるかもしれないのでこっそり言うけれど、コナン・ドイルはキャラクターを描くのがとても上手な作家なので、二人の出会いや同居に至るまでの説明やホームズの人となりは、冒頭でほとんど教えてくれる。忙しいあなたはまずそこだけ読んでしまってもいい)
多くの短編は、ベイカー街の彼らの住居に依頼人が訪ねてくるところから始まる。つまり「緋色の研究」さえ押さえておけば、あとは何をどんな順番で読んだって大丈夫、ということだ。タイトルをさっと眺めて、心ひかれるものがあれば自由に手を伸ばせばいい。
でも本当は、あなたが一番に知りたいのはモリアーティの活躍だろう。それなら、この三作だ。
★「最後の事件」(ワトソン医師の回顧録。短編集『シャーロック・ホームズの回想』、その最後の物語。ホームズとモリアーティがライヘンバッハの滝で対決し、もろともに命を落とす)
★「恐怖の谷」(ホームズの「死後」に書かれた過去篇。モリアーティが黒幕となって暗躍する長編小説)
★「空き家の冒険」(短編集『シャーロック・ホームズの帰還』、その最初の物語。ホームズはモリアーティの組織の残党を一掃するべく、ついにロンドンに舞い戻る)
これだけ? そう、これだけだ。会話の流れでモリアーティの名前が出される程度の話ならもう少しあるけれど、ホームズとの接点が書かれるのはこれだけ。
ここに「書かれていない」すべてのモリアーティは、後世の人間が造り上げたものだ。聖典を楽しんだら、今度はそちらに目を向けよう。
2.パスティーシュを知りたい
新宿であなたは、モリアーティとバアルの壮大な企みを目にした。『小惑星の力学』は聖典にはモリアーティの著書として名前が出てくるだけで、その詳細は不明。しかし、この本こそがモリアーティ最大の「犯罪計画」であったのだ、と考えたシャーロキアン(ホームズ作品の熱烈な愛好者、二次創作者)がいた。
言わずと知れたSFの大家、アイザック・アシモフだ。
★黒後家蜘蛛の会 2(ミステリ短編集。登場人物たちがモリアーティについて論じる「終局的犯罪」ほかを所収)
短編のタイトルを見ても分かる通り、FGOモリアーティの宝具や新宿での大仕掛けはこの作品のオマージュだ。おまけに他の短編ものきなみ面白い。断言する、絶対に読んで損はない。……もしあなたが後悔するとすれば、もっと早く読みたかった、という一点だけだろう。
パスティーシュを下敷きにしているのはモリアーティだけではない。六章キャメロットでマシュが大喜びした「初歩的なことだよ、ワトソン君」の有名な台詞もそうだ。「初歩だよ」という台詞自体は聖典の★「背中の曲がった男」に登場するが、これがホームズの名台詞として有名になったのは、舞台や映画でおおいに評判をとったためだ。
★インターネット・ムービー・データベース(英語。リンク先の男前の写真は、あの大きく曲がったパイプをはじめ現代のホームズの外見イメージの生みの親になった俳優、ウィリアム・ジレット氏)
最近ではアメリカの現代版ホームズ翻案ドラマのタイトルにもなった。たとえ始まりが二次創作でも、こんなに愛されている台詞なら、Fate的には当然ホームズの一部だろう。
★「エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY」(ドラマ作品。舞台は現代に移され、元外科医であり薬物中毒患者のリハビリ付き添い人を務める女性ジョーン・ワトソンと、ヤク中にして無職かつ日本語吹き替え三木眞一郎ホームズとのバディが、NYを舞台に難事件に挑む)
中でも特にFGOホームズに影響の大きいのはこのドラマ。
★「シャーロック・ホームズの冒険」(イギリス、グラナダTV制作のテレビドラマ。通称「グラナダ版」。数あるホームズの映像化作品の中でもとりわけ美しく小道具などの考証も忠実で、原作再現にかけては最高傑作の声も高い)
FGOホームズの外見はこのドラマの衣装が非常に近く、顔は主演俳優ジェレミー・ブレットの若かりし頃をモデルにしているようだ。聖典のみならず、さまざまなパスティーシュを含めて「英霊シャーロック・ホームズ」が成立しているのが分かる。
そして新宿のストーリーにはもう一つ、知っていると楽しいネタが仕込んである。
★「シャーロック・ホームズ」
★「シャーロック・ホームズ シャドウ・ゲーム」
(映画。ガイ・リッチー監督。聖典のいくつかのエピソードを元に再構成したオリジナルストーリーで、独自の解釈による破天荒かつチャーミングなキャラクター造型と、スリリングなアクションが魅力)
具体的に言うと、女装(男装)とダンスだ。……あなたは今、この映画を「ネタ枠」のくくりに放り込んで忘れてしまおうと思ったかもしれない。だが女装はともかく、ダンスについては極めてシリアス、かつFGO新宿とのリンクがとても美しい。
ネタバレを避けつつ簡単に述べると、「敵の目を欺く手段としてのダンス」、そして「本来ありえない相手との、思い出としてのダンス」。この映画を見てから新宿のマテリアルを見直すと、端々にこの映画へのリスペクトが込められているのに気付く。
3.その他
最後の戦いでモリアーティが従えていた巨大なゴーストは、「レッドへリング」、「クローズドサークル」といったスキルを使ってきた。
レッドへリングは犯人が探偵に間違った推理をさせるためにわざと見せる、偽の手がかりのこと。
クローズドサークルはそのまま「閉鎖空間」の意味で、たとえば雪の山荘や絶海の孤島など、外からの侵入・脱出ができない空間のことを言う。新宿は広いしたくさんの人間がいたけれど、ある意味ではあれもクローズドサークルだったのかもしれない。
これはどちらも推理小説でよく使われる用語で、クリア時に「定礎復元」の代わりに表れた文字「Q.E.D.(証明終了)」も同じ。元々は数学用語だけれど、ミステリマニアにとっては、ホームズより50歳ほど年下の名探偵であるエラリー・クイーンの決め台詞だ。これはもう読むだけで震えるくらいあまりにもかっこいいので、大勢の探偵が真似した。
クライマックスで助けてくれた名探偵たち(もちろん全員元ネタがある)の名前や活躍、Q.E.D.の一言を聞くのが犯人にとってどんな気分か、もし推理小説に興味が湧いたら、ぜひホームズ作品以外も手に取ってほしい。
2017年6月現在、FGOはCCCイベントを終え、羅生門イベントが復刻している。ホームズはストーリー上カルデアに逗留しているものの、その詳しい目的などは不明のまま。
この記事はあなたがホームズ作品に手を出すための手引きとして書かれたものだが、新宿とホームズの残された謎や詳しいかかわりを考察した記事がある。
★改訂:悪性隔絶魔境新宿の考察+カルデアエースの謎
★FGOにおける名探偵の不思議
(Bug-d氏による問題点の整理。TYPE-MOONの関連他作品をも踏まえたもので、FGOから他作品に興味を持った人にもおすすめ)
新宿に登場したホームズやモリアーティ以外の人々――燕青とか、狼王とか――についてはそれぞれ彼らを愛する方々の言及があるので、この記事では取り上げなかった。私もホームズや聖典やパスティーシュたちが好きだけれど詳しくはないので、あなたにできることはほんの入り口の紹介と、この先はもっとずっと楽しい、あなたも楽しめるように、と祈るくらいだ。
最後に。もしあなたが、ホームズについてとても詳しいのにここまで読んできた変わり者、失礼、好奇心の強いマスターなら、私がまだまだ見落としているはずの「元ネタ」を教えてほしい。私ももっと知りたいし、考えたいし、楽しみたい!
ストーリーの続き、早く来ないかな!
(2017.6.1 相知蛙)
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